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海梨電灯(ショートショート)

「このへん暗くない?」
 海辺の街。僕らは二人で、海沿いの道を歩いている。夜の散歩といったところだ。彼女は夜の暗さに強いから大丈夫らしいのだけれど、僕はどうにも目が慣れない。
「そっか、やっぱりくらいかなあ」
 彼女は足元を眺めながら、独り言のように呟く。
「うん。怖くておしっこちびりそう」
「やめてよ! 何言ってるの」笑いながら、僕の腕あたりをグーでなぐる。
「どこかにあれないかな」
「あれって?」僕はなぐられた腕をさすりながら聞く。
「あれはあれだよ」
 僕はふむ、といいながら、彼女の後ろを付いていく。
「あ、あった」
 そう言いながら地面に腕を伸ばした彼女の、手のひらに握られていたのは、一個の梨だった。
「梨?」
「そ、時々このあたりの浜に転がってるんだけど……」
 喋りながら、彼女はウエストポーチの中を探る。やがて取り出したのは、水の入ったペットボトルとおろし金、そして懐中電灯だった。
「何に使うの?」
「え? 知らない? 海梨電灯」
「かいりでんとう?」
「知らないか。じゃあ、見てて」
 そう言うと、梨を水ですすいだ後、おもむろにすりおろし始めた。
 何をしているんだろう? けれど下手に口を出しても、またなぐられるだけだろうし。……いや、あえて口を出してみようか。もういっかい……。
「この梨は海で栽培できるものらしくて、海月梨っていうんだよ」
 僕がもう一度、グーで小突かれる方法を考えているうちに、彼女は説明を始めた。
「果肉がクラゲの体みたいに透明だから、こんな名前が付いてるんだけど。この梨の果汁はちょっと変わってて」
 そう言いながら彼女は、懐中電灯、海梨電灯だったか。それに梨の果汁を入れ始めた。
「この海梨電灯の電池になるんだよ」
 電灯の蓋を閉めると、彼女はスイッチを入れる。
 ぱ、と目の前が明るくなる。
「おお」思わず声が漏れる。それくらいに結構な光量だったのだ。
 それはまるで、オワンクラゲが放つような青白い色の不思議な光だった。
「この光の色が、なんちゃらクラゲっていうクラゲの光る色に似てるから、海月梨って言われてるっていう話もあるんだよ」
「オワンクラゲ?」
「あ、そう。なんかそんな感じの名前のクラゲ。よく知ってるね」
「ふっふっふ」
 僕はわざとらしく笑う。隣からはっ、と笑う声。
 海からの波の音が、先ほどよりも鮮明に聞こえる。
 僕らの歩くペースは一定のまま。
 夜空には月が出ていないかわりに、星がいくつも輝いている。

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