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アスソルベ(ショートショート)

「いらっしゃい!」
 友達のAに誘われて、私は彼女の家にやってきた。
「お邪魔しまーす」招かれたにも関わらず、なぜかそろそろと忍び足で玄関の中に入る。
「何でそんな慎重に入ってくるの」震えた笑い声で彼女がそんなことを言うから、私は思わず言い返す。
「だって始めてくるからあ! 最初は緊張しちゃうでしょ」少しふざけて拗ねたニュアンスも混ぜる。
「はいはい、わかったから。はやく入って!」
 玄関に入った瞬間に分かった。生花の匂い。一体何の花のものなのかは分からないけれど、よく花屋さんの前を通った時に感じる、植物が発散する魅力的なそれ。
 もちろん、本当の花屋さんほどの明確な主張はないけれど、それでも心地い香りがほんのりと鼻腔をくすぐる。
「いいにおい」思わず呟く。
「でしょ、花っていいのよ」うれしそうな声が返ってくる。
 私が彼女の家に来た理由は、まさにこれだった。
 会社の同僚の彼女とは、昼休みの休憩時間によく話をしている。その流れの中でよく、花の話が話題として出ていたのだ。
 とても楽しそうに話す彼女の表情を見ていると、なんだかその”花”というものの存在がそんなに素敵なものなのか、と思い始めた。
 そんな時に家に誘われたのだから、これは行くしかない。

 部屋の中に飾られた様々な花の様子を眺めていると、Aが戻ってきた。
「はい、これ」そう言って差し出されたティーカップの中には、飴色をした液体。いい香りがする。
「なにこれ?」
「ハーブティーだよ。口に合うか分からないけど、試しに飲んでみて」
「へえ、いただきます」
 私はそっと口許にそれを持っていき、一口含む。
 柔らかい口当たりと、ふんわりと広がる甘い香り。その中には爽やかさも見え隠れする。
「おいしい……」
「ほんと? 良かった~」
 嬉しそうに微笑む彼女。つられて私も笑う。それから何度か頷く。
「じゃあ、これはどうかな」
 そう言うとAは、キッチンの冷凍庫を開けて、なにかごそごそと準備を始めた。やがて、綺麗なガラスの器に入った何かがやって来る。
「これ、アスチルべっていう花の仲間の、アスソルベっていうの。冷やすとあっという間にソルベになるから、こんな名前らしいんだけど、これも美味しいんだよ」
「へえ、アスソルベ……」
 いいながら、スマホでまずはアスチルベについて調べる。
 その見た目は、とてもふわふわした綿毛みたいな花。白やピンクのとてもかわいい花だった。
 Aが出してくれたアスソルベも、その姿によく似ている。
「アスソルベはいろんな色があって、その色ごと味が変化するんだよ。これはピンクだから、ストロベリー味だったかな」
 そんな説明を聞きながら、スプーンをさくりと挿し、ピンク色のソルベを持ち上げる。ふんわりとしている。柔らかいかき氷。アイスクリーム頭痛が起こらないかき氷の柔らかさを思い出す。
 こちらも口に含む。
 ふわりと溶けるソルベ。同時に口の中にストロベリーの甘酸っぱさが広がる。けれどしつこくなく、後味は爽やか。
「やばい、おいしい……」
 再び呟くように声が出た。Aは満足そうに何度も頷く。
「ちょっといい反応してくれるから、また色々食べさせたいな……」
 とても嬉しい申し出だ。私は思わず、激しく首肯する。
 その姿を見たAは大きな声で笑い始める。その声につられて、私も思わず笑いだしてしまう。
 部屋の中を彩っている花たちも、心なしか笑顔になったように、花弁の色が鮮やかに見える。

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