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命の水

 500年前の戦国一乗城下町、その麓から距離にして約1500メートルの登坂道が続いていた。
 その道路は現在も残っている。城山(標高436m)へ至る山道である。かつては警備の朝倉武士が行き交っていた重要な道であった。現状は十分に整備されているとは言えないが、今もハイカーを時折見かけることがある。

 往時、山上にはたくさんの要塞を備えた御殿城郭群が建っていた。マスコミは一時「日本最強の一乗谷城」と称したこともあった。
 しかし1573年、城下町だけでなく全てがもぬけの殻となった一乗城山だ。信長軍勢の攻めに対して一度も防御の役目を果たす機会はなかった。
 「最強の城」という表現が適切かどうか、評価の分かれるところかもしれない。

 朝倉義景びいきの私ではある。しかし、国主義景をはじめ朝倉軍勢には一乗谷を捨てずに戦ってほしかった。この「最強の城」に立て籠もって最後まで戦い、朝倉魂を天下に示してほしかったと思う。

 ところで、城山の主要御殿跡群へ到達する30mほど手前に不動明王の石像が安置された一角がある。黙々と山上を目指すハイカーの皆さんは多分気づかないかもしれない。

(不動明王像)
手前の上り坂が左へ続いていて、30m先で御殿跡に到着する

 

(不動明王像)
正式名称は「不動清水」
撮影時は水量が少なかったが、往時は一乗城山で唯一の湧水地であった

 日本最強の名城と言われる一乗谷城跡
 山上に務めるもののふの命の綱はこの不動清水です
 不動明王に感謝していただく清冽な湧水の源泉です


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