コンビニ店員奮闘記 第二話

それは私がコンビニで働きはじめて2か月後のことだった。
「田中さん、ちょっといいですか?」
和久井さんから突然声をかけられた。
時刻は午後5時10分。帰り支度も済んで特に急ぎの用事もないので、「はい、いいですよ」と答えた。
「今週末って、暇ですか?」
「えっ?」
まさか和久井さんにプライベートなところを聞かれるとは思わなかった。
「特に用事はありませんけど…」
何だろう、シフトの交換とかだろうか。和久井さん、休日もシフト入ってたっけ?
「実は近くに新しくこの店と別の系列のコンビニが新規開店するんです」
知ってます?と和久井さんが言う。そう言えば近くで何か工事をしていたような…。
「よかったら一緒に…見に、行きませんか?商品の配置とか、接客とか、いろいろ参考になる、と思うんですけど…」
しどろもどろに説明する和久井さん。
「なるほど。敵情視察ってことですね」
「そこまで大げさなものでもないですけど…」
和久井さんは仕事熱心だなぁ。
「いいですよ、特に予定ないので」
「ありがとうございます」
ほっとしたような表情の和久井さんなんて初めて見た。
「ちなみに何で私なんですか?金田さんとでもよかったのでは…」
「あいつは日曜はいつも予定があるんですよ。かと言って、一人で行くのもつまらないというか…」
「そうなんっすよ」
ひょっこりと事務所から金田さんが顔を出す。
「日曜はダンススタジオに通ってるんすよ。近くに教えてくれるところがあるんで」
「金田さん、ダンスやってるんですか?!」
そう言われれば、動きが普通の人よりしなやかな感じがするような気がする。
「平日は昼にバイトして専門学校に夕方に通って、土日はボイストレーニング教室とダンススタジオに通ってるんすよ」
「へぇ…アイドルとか目指してるとか?」
「半分正解」
金田さんがいたずらっぽく笑って、内緒話をするように耳に顔を近づけてくる。
「正解は声優。アニメに声を当てたり、海外ドラマや映画の吹き替えしたり。いわゆる声のお仕事全般をこなす人っすね。俺、それになりたくってバイト代で学校に通ってるんすよ」
「へぇー…」
声優の仕事について詳しくはわからないが、彼はキラキラと瞳を輝かせながら夢を追っている。若いっていいなぁ、なんてオバサンみたいな心境になってしまった。
「すごいですね。そんなに熱心に目指す将来があるってことですもんね」
「いやー、それほどでもないっすよ!」
金田さんは照れ臭そうにボリボリと頭を掻いた。
「でも一週間ほぼ休みなく夢に向かって走れるって、正直羨ましいです。それだけの熱意だけで勲章ものですよ。金田さんなら絶対良い声優さんになれます」
素直に心の中を述べてみる。すると彼はぴしりと音がしたかと思うぐらいぴたりと動きを止めた。顔が夕焼けみたいに真っ赤だ。
「…どうも…ありがとう、ございます」
絞り出されたようにそれだけが彼の口から洩れる。腕で顔を隠してももう意味ないぞ。
「…金田、田中さんにまで甘やかし癖移すなよな」
「う、移してねーよ!もともと田中さんが褒め上手ってだけだろ!」
照れ隠しなのか、バシッと和久井さんの背中を叩いた。
「痛てぇ!」と返しながらも、和久井さんの顔に嫌悪感はない。
「仲いいですよね」
「…まぁ、それなりの付き合いなので」
「それなりってなんだよ。俺とお前の仲じゃんかー」
ぶうたれる金田さんに「ハイハイ」と和久井さんが軽く受け流す。やっぱり仲がいい。
「それより、早く出ねぇと学校間に合わねぇぞ」
「うわホントだ、やっべ。じゃあお疲れっした―!」
金田さんは時間を確認するなり、店を飛び出していってしまった。
「それで田中さん、日曜の件なんですけど」
「あっ、はい」
突然話が戻ってきて、少しびっくりした。
「朝10時にこの店の前に集合でいいですか?」
そのくらいの時間なら、特に問題ない。
「わかりました。それで大丈夫です」
「それでは、日曜はよろしくお願いします」
それだけ言ってふたりで出口まで歩いて、「おつかれさまでした」と別れた。

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