日本史上、全く外の影響を受けなかった時期などない。
うーん、日本の状況が前向きじゃないとやはり!こういう後ろ向きというか国粋主義、排外主義みたいなことが起きてくるのね。歴史を勉強している身としては、起こりうることだから予測はしていたけど…。
特定個人を批判するつもりはないので、出元は書きませんが…。ツイッター上で
日本の良さが外国文化のせいで破壊された
みたいなこと言ってる人がいました。それについて、伝統を守るべき、見たいに言ってたんだけど…。これは間違っているんだよね。
そもそも、良しあしというのは常に価値観として変化していくものだから、こうしたことは単に
未知への恐怖や自分が慣れた、知っていたことが無くなる寂しさ
といった感情的なモノにすぎません。
私は世代による常識感覚、といったモノにずっと疑問を持ち続けていて、固定概念を抱くことにすごく抵抗感がある方だった。よって、
共通の常識感覚
みたいな感じでショートカットされることにはスルーしてた。餅ロン、内容は知ってるし、覚えてはいますが。
こういうことについての良しあしについても、いろんな書物を読んだけど納得がいったのは
時代によって変わるものだ
という原則。それはなぜか?というロジックにも非常に納得できたため、今においても
これが当たり前
みたいな考え方は持たないようにしてる。現状肯定が前提で、実際がどうなのか?をまず見る。だから、善悪判断はしないのです。
だから、日本の文化が外国文化によって破壊された!というロジックも良し悪しではなく
それによって起こったことが何だったのか
という観点で見る。その中でなら、良かったこと、良くなかったことがある。
良くなかった実例でいえば、
モノを大切にしない大量消費の感覚
でしょう。今でも廃棄品の問題が起きているように、モノが潤沢でなかったころの
あるものでまかなう、活かす
といった感覚は必要以上に消すべきじゃなかったな、と反省を込めて思います。だから、それが復刻するような感じで出てきていることは正しいと思う。
一方、これまであった中で良くなかった実例でいえば
理由なくガマンや忍耐を強いるやり方
などでしょう。それ以外でも、
前例踏襲に固執しすぎ、創意工夫の余地を認めない
とかね。個人的に悪しき感覚だと思っているのは
お勤めを果たす
という感覚。これは責任感というより、中身が
やれと言われたことだけやってればいい
みたいな意味に変わってしまってると思う。こういう価値観まで、そのままでいろというのか?といいたくなりますよ。
それと、ここが核心になりますが
歴史上、日本が外からの影響を全く受けなかった時期はほぼない
のですよ。国風文化と呼ばれた平安時代でさえ、ゼロとは言えない。単に国政上のやり取りが無くなっただけで、外国(中国や韓国)に近い地域では細々と入ってきていた。考えてもらいたいのは、人間心理として
珍しいモノで相手を驚かせたい(優越感に浸りたい)
ということがある。そうなると、国内だけのものでは相手は驚かない。では、どこからもってくるか?外からでしょう。よって、外との交流が全くない、影響も全くない、という事はあり得ないのです。
それに、このロジックを振りかざす人に問いたいのは、あくまで日本古来とか、純和風とかにこだわりたいのなら
では、あなた方はそれ以外のモノは一切否定するんですね?
ということになる。それ位極端なロジックを使ってる、という事に気づいてくれないと。
スナワチ、洋服も使えない、洋食もダメ、洋菓子や洋楽もダメ。和服を着て、和食だけ食べ、自動車も自転車も外から来たものだからダメ。電車もそう。このように、選択肢がごっそり無くなっていく。それだけの覚悟、持って言ってますか?ということになる。
極端と思われるかもしれませんが、そもそもこのロジック自体がそれ位、極端な主張であることに気づいてほしい。物事というのは、常に善悪2面があるものです。その際に、皆にとっての善=利益が大きい方を選択する。これがみんなにとっての良き道。だから、その中で今までを選択した方が良かったこともあるでしょう。
そういうところに関してだけは、無くなったことに対する怒りや悲しみについて理解はできる。しかし、そうした一部の事実を全体にかぶせるやり方は、あってはならないのです。それだけのことですよ。
いぢょー。