図書館に限らず、下を見ないで上を見て。
私は図書館のいち利用者として色々見てますが…タマに見かける図書館に関わる論調についてはピンと来ないことが多いです。
というのも、まずこれは図書館の問題に限らないんですが
べき論は現実と乖離するので役に立たない
ことが多いんですよ。これで本当に救われないのは今、現場で必死に夢を抱いて頑張ってる人たちだから。
実際、実務者として心がけていたことは
最後のゴールは理想しても、現実の対処は理想論ではない
からです。
この点で折り合えなかった子もいたので、エネルギーが無駄になるのはちょっと残念でしたね。その子の場合、客観的にみて痛い子だな…と思ったのが
自分はこんなにも意識高くやってる
知識も意識も高い自分がなぜこんな不当な処遇なのだ
自分にふさわしい待遇・環境がある”べき”だ
というもの。露骨に主張している訳ではないものの、周囲にも不満を述べたりしてたのがおおむねこういう事だったから。能力は認めていただけに、考え方が本人をダメにしていると残念でした。
でも現実の環境って、こういう子の考え方と逆行するような環境だと思う。スナワチ、
これ以上落ち込まないように
という発想で…他のnoteで書いたように、受託側の考え方もコレだと思うし。
これでは、いわゆるボトムの保障ばかりに目が行って、ちっとも上に引き上げる発想がない。上にあげることができれば自然とボトムも引っ張られて上にあがる。こういう発想に行くためには、それなりの見込み見通しをもってリスクを負う必要が出てくる。これができないから、現状維持や保守という先行きに全く前向きになれない展開しかなく、じり貧でジワジワ疲弊していく。
一年とか短いスパンだとこういうジワジワって見えないから一見すると問題ないように見えるんですよね。でも私の様に長いスパンで見る人間からすると、ここに至るまでの流れを見ているため、
こういう流れのままだと良くなることはないよ
という結論に至る訳です。
従って現在展開されている正規・非正規の問題って単なる
身分闘争
になっているだけで何にもなりません。
この点で重要なのは、すでに言われている
その仕事に必要な才能に応じた待遇
というシンプルな報酬体系を作ることと
それを満たさない人に対して解雇できる
こと。これは一見非情に見えるかもしれませんが要するに
入口を作ったら、出口も作らないと
という事に過ぎない。使われる側の利点は
採用されて首にならない
ことでしょうが、コレやったら事業って成り立たないですよ。
実際、なぜ図書館の労働環境に限らず日本的な組織がパフォーマンスが落ちているかと言えば
どうやったら自分の待遇が上がるのか
が分かりづらいか、見えないからだと思うし。
この点は日本的な組織に営利・非営利両方見てきたからある程度言えます。今、こうした組織に必要なのは
入口の出口の整備とそのロジックを分かりやすくする
ことであり、どこかの政党がお題目みたいに唱えている雇用を守ることじゃない。守ったところですでに日本という国自体が後ろ向きになっているのに、好転するはずがないのだから。この辺りの間違った考え方は、
戦前・戦中の発想
そのものであり、非常に危険な考え方なんですけどね。その後どうなったかと言えば
玉砕(全滅)
しただけだっていうのに。図書館に限らず、前に進む必要性は後ろ向きな今の日本社会の様相から考えても、かなり切実です。