見出し画像

フリー朗読シナリオ『破滅を願うは眠れぬ羊』

 朗読にご利用いただけるシナリオ『お腹の虫が鳴いた理由』を掲載します。よろしければ朗読にお使いください。

 ご利用のお願い事はシナリオのあとに記載しておりますので、ご覧ください。

==========================

『破滅を願うは眠れぬ羊』

 ブラックコーヒーに沈んだ部屋。
 時計の針が規則正しく呼吸する。

 今夜も世界は、滅びていない。

 私は寝床(ねどこ)から起き上がって、鏡の前に立つ。

 そこには、白い羊が立っていた。
 長く垂れた耳が、小刻みに動いている。

 いつからだろう。自分の顔が映らなくなったのは。
 今はもう、この姿を受け入れた自分がいる。

 色味のない部屋には、しなびたYシャツとネクタイ、山となった栄養ドリンクの空き瓶。
 そして、まっさらなキャンバス。

 絵描きになりたい夢は、遥か遠くで燻(くすぶ)っている。
 私のやっていることと言えば、会社から帰ってきて、食べて、寝るだけ。
 それだけを、もう幾日(いくにち)繰り返しただろう。

 溶かした時間が室内に満ちていて、溺れるように息苦しい。
 それなのに手も足も動かさない。ただ引っ張り上げてくれることを待つだけ。

 だから夢は叶わないんだ。知っている。

 夜に目が覚めるのは、朝が怖いから。
 努力せず理想だけ欲しがる自分を、朝日が浮き彫りにするから。

 都合のいい自分が嫌で嫌で、いっそこんな世界、なくなってしまえばいいと願うようになった。
 一人じゃ滅ぶこともできないのが、またどうしようもない。

 羊になったのは、きっと愚かな望みのせいだろう。
 『願い』と『呪い』は表裏一体。心の弱い私にはお似合いの姿だ。

 今夜はどうしよう。寝床に戻って数でも数えようか。
 そんなことで眠れるのは、明日を待つ者だけ。

 自分を変えたい。でも部屋の中に答えはない。

 なら、部屋の外を探そうか。
 破滅を拒む世界で、答えを探してみよう。

 私は玄関のカギを開けた。


 煤(すす)けた色の月の下、響くのは自分の足音だけ。
 真っ暗な空気は呼吸が楽だ。昼間と違って、読み取る必要がない。

 どんどん気持ちが軽くなって、色味のない町をさまよった。
 閉じた顔が並ぶ商店街、鳴らない踏切。透き通ることをやめた川。

 安心する。私を責めるものがどこにもない。

 ああ、ずっと夜だったらいいのに。
 世界が破滅しないなら、せめて止まってくれないか。

 新たな願いを浮かべながら、信号を待っていたときだった。

「夜の散歩は楽しいねえ」

 車一つ分の横断歩道、その向こうから、声をかけられた。
 立っていたのは、羊だ。
 私と正反対の真っ黒い羊。夜よりも暗い、吸い込まれそうな黒い身体。

「楽しいなら、この散歩をずっと続けよう」

 黒い羊は笑顔を浮かべている。

「簡単なことだよ。今の仕事を辞めればいい。
 そうすれば仕事を言い訳にする毎日が終わる。

 何を気にしているんだい? 食べていくだけなら、働く場所はたくさんある。
 プライド? 周りの目? それとも将来のことかな?
 つらい現在よりも、つらさを貯め込んだ未来を優先するんだね」

 黒い羊の笑顔は、たくさんの絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたようだ。

「孤独が心地いいなら、独りになればいい。
 群れないと生きられないの? 見た目と一緒で臆病だね。

 選択なんて簡単さ。楽になる方を選ぶだけ。
 僕は自由を選んでから身も心も軽くなって、毎日ふらふら楽しく生きてるよ。
 悩んでいた時間が馬鹿みたいだ。

 だから、こっちへおいで」

 信号の色が変わった。
 私は反対側に渡ることが出来る。

 向こう側に進むべきなのか。確かな答えが見つからず、躊躇(ちゅうちょ)する自分がいた。

 黒い羊がうらやましい。
 同じ選択をすれば不安は解消され、時間が手に入る。夢にも近づく気がした。

 だけど、何かが嫌だ。

 黒い羊に対する嫌悪感。それはどこから湧いてくるのだろう。

 闇に溶け込む相手に、私は投げかける。

 どうしてあなたは黒いのですか。

「そんなの、考えを貫いているからだよ。
 他人の言葉に惑わされない、確固たる自分の色が黒だからさ。
 どんな色も、僕を変えることはできない」

 話が終わり、信号の色がまた変わる。
 私はもうひとつ、問いかけた。
 
 あなたに夢はありますか。

「ユメ? 昔はあった気がするけど……忘れたね。
 別に必要ないだろ。そんなものがなくても、生きていくのに困らない」

 答えを聞いて、私は横断歩道に背を向けた。
 足元から伸びる影に語りかける。

 私は絵描きになりたいんだ。色鮮やかな風景を描いてみたい。

 だけど部屋のキャンバスはまっさらなまま。
 描かなくても生きていける。でもキャンバスを捨てたら、生きる理由がなくなる。

 描きたい絵は自分にしか描けない。
 世界滅亡に期待するよりも、まずは筆を持つべきだったんだ。
 言い訳を続けるなら、環境を変えても同じ夜は続く。

 やるか、やらないか。結局、未来を決めるのは自分自身。

 ようやく気がついた。
 自分を救うのは自分しかいない。
 私が見るべき風景は、努力の先にある未来だった。
 
 理解できたのはあなたのおかげだ。
 遠くて近い向こう側に未来は見えなかった。塗りつぶされた黒に可能性はない。

 だから私は、あなたにたどり着くのが嫌だ。

「ああそうかい……だったら、二度と迷い込むなよ」

 見つめていた影が薄くなっていくと、瑠璃色(るりいろ)の空が太陽を連れてくる。

 夜が終わるんだ。

 振り返ると、黒い羊はいなくなっていた。

 目の前の道路をメタルグリーンの車が走り抜ける。信号はもう何度目かの青い光を放ち、遠くから鳥の黄色い鳴き声が聞こえてきた。

 最初に描くなら、夜明けがいいな。

 周りの風景を眺めていると、朝日が大地を照らす。まぶしくて思わず手をかざした。
 それでも金色(こんじき)の光は、五本の指の隙間からあふれてくる。

<終>

===============

【利用規約について】

音声作品として投稿する場合、BGMやSE、サムネイルは自由につけていただいて構いません。

利用・音声投稿される場合、以下のクレジット3項目を記載してご利用ください。

①台本のタイトル
②作者名
③台本が投稿されている投稿URL(個人サイトやその他サイトに関わらず、ご覧いただいたページのURLおひとつだけで構いません)

<記載例>
情熱が一本足で立っている
作者:竹乃子椎武
https://note.com/takenokoctake/n/n94adc791efff

※クレジット表記できない場合は、音声内のどこかで読み上げをお願い致します
(投稿URLの読み上げは不要です)

ご利用の連絡は任意ですが、お知らせいただけると大変嬉しいです!
(喜んで拝聴・宣伝させていただきます)

頂戴したサポートは今後の創作活動の資金として使用させていただきます。 より楽しんでいただける文章や作品作りを目指しますので、どうぞこれからもよろしくお願い致します。