【HEARシナリオ部】2022年10月のシナリオ『ジャッジメント・アンド・ドッグス』
自分は音声投稿サイト『HEAR』内でHEARシナリオ部に所属しています。
これは物語創作が好きなユーザーによる部活。
現在は1か月に1作、テーマに沿ったシナリオを公開するのが主な活動。
2022年10月のテーマは『秋』
10分程度のショートシナリオです。よろしければご覧ください。
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『ジャッジメント・アンド・ドッグス』
私は世界で一番、幸せな犬だと思う。
彼と巡り会えたからだ。
ゴミ捨て場で私を見つけてくれた彼。
一緒に暮らしてからは、美味しい食事だけじゃなく、毎日毛並みを整えて、歯を磨いてくれる。そして「綺麗だよ」と素敵な笑顔でキスをする。
滑らかな手のひらに感じる、愛情の温度。
細くてしっかりとした身体に纏(まと)う、優しい香り。
ずっとこのままでいたい。
そんな彼の顔に最近、疲れを感じる。仕事が忙しいみたいだ。
無理もない。彼は正義の味方なのだから。
悪人に裁きを下し、弱い人々を助ける。それが彼の仕事。
理不尽な暴力、脅迫、搾取(さくしゅ)。はびこる悪に、彼は人知れず立ち向かう。
直接話を聴く私だけが、彼の活躍を理解できた。
そして今、つらそうに吐き出す苦悩を耳にしている。
世界を不幸にする悪人は制裁すべきだ。
だけど汚い奴らにも大切に思い合う存在がいる。
罪なき存在を悲しませるのは正義なのか。
自分の行いは正しいのか。
間違っているなら教えてくれ。この命で償うから。
私は彼に身体を寄せた。
お願いだから泣かないで。あなたは正しい。
世界のすべてがあなたを責めても、私はあなたの味方だから。
心に誓った夜が明けてから、彼は仕事から帰らなくなった。
こんなに家を空けるのは初めてだ。
不安に感じていると、家の外から足音が聞こえてきた。
彼……じゃない。足音が多すぎる。
扉が開く。同じ格好をした男が何人も部屋に入ってきた。
威嚇しても気に留めず、室内を荒らし始める。
やめろ! 触るな!
そばの男に噛みつこうとしたとき、目の前に一人の女が立ちふさがった。
「あなたね、一緒に住んでいる秋田犬って。同棲生活なんてラブラブぅ~」
しゃがみこんで、唸(うな)る私に顔を近づける。
「怒るとせっかくの美人が台無しよ。あ、みんな気にしないで続けてねー。こっちは特別犯罪対策室のアニマル担当にお・ま・か・せ。私ワンちゃん大好きだしぃ、それに女同士の方が話も合うからさ。……は? サボリじゃないから仕事だから」
この女がリーダーか。
鼻をつく匂い、神経を逆撫でる声、おどけてしゃべるくせに冷たい眼。
何もかも気に食わない。
「ワンちゃんねえ、あなたのご主人様はもう帰ってこないから。私達が捕まえちゃった」
爪と牙から力が抜ける。
帰ってこない? 彼が?
「あら、人間の言葉が分かるの? 賢いワンちゃんねー。じゃあ説明してあげる。
ご主人様がやっていたのは、事故に見せかけて相手の命を奪う仕事。
標的はブラック企業の社長とか、お布施と称して金品を巻き上げる教祖とか、老人を狙った詐欺師とか。
依頼は選んでいたらしいから、彼なりのポリシーがあったんでしょうね。
なかなか尻尾を掴めなかったんだけど、現場に落ちていた証拠と、私の悪を許さない嗅覚と直観力でようやく逮捕できたってワケ。
余罪も合わせれば……四、五十件じゃ全然足りないかも。近年まれに見る大悪党だわ。
ちょっと! 洗面所から『躾(しつ)け出来ない組織の犬』とか『放し飼いドーベルウーマン』って聞こえたんだけど! 上司にモラハラっていい度胸してるじゃない!?」
彼が、悪人? 嘘だ。だって、彼は……。
「どうしたの、びっくりして。もしかして、ご主人様を正義の味方とでも思ってたのぉ?
たしかに被害者は全員クズだし、彼のおかげで助かった人は大勢いる。
でも全員じゃない。心の支えだった存在や、家族を失って涙する人もいる。
正しくないの。彼の行いは。
ただの身勝手な自己満足。
この国で正義は法律だけ。それ以外の正義は全部『個人の価値観』に留まるの。
どれだけ倫理的な行為でも、百万人の人生を救っても、法に触れたらそれは悪。
だから彼は裁きを受けなければならない。残りの人生で罪を償ってもらう。
世界を回しているのは、絶対的なルール。
ルールを破ったご主人様には、もれなく罰をプレゼントしま~す。
それにしても……ご立派なペットサークルに最新型の自動給餌器(きゅうじき)、二十四時間自動調節されたエアコン。『犬の無事だけは保証してくれ』って言った意味が理解できたわ。大事にされてるのねぇ。
お金の使い道は人それぞれ。正義と悪の価値観も人それぞれ……なーんて。
そういうことだからワンちゃん。
大人しくしていなさいね」
見下す女をにらみつけ、私は考える。
彼は自分を悪と認めたら、責任を取って命を捨てるだろう。
だったらこいつらの作った檻(おり)の中でいいから、生きていてほしい。
でも。
それでも私は、彼を救いたい。
私にとって彼だけが正義。それ以外はすべて悪。
「あなたは決して間違っていない」と伝えるんだ。
女が目をそらした一瞬の隙を突いて窓へと走る。
そのまま犬専用の出入口を抜けて、ベランダから外へ飛び出した。
ガラクタのルールが支配する世界で彼を見つけ出す。
私ならできる。
なぜなら、私は彼を愛しているのだから。
〈終〉
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One-shot Lover!
作者:竹乃子椎武
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