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建築目指してグリーンカレー マレーシアからスリランカ

12月の昼下がり、僕は職場近くのマレーシア料理店「カンポン」にいた。この店は僕の日常のオアシスだ。店主の田中翔太は、僕より10歳ほど若い独身男性で、爽やかな笑顔とそばかすが印象的だ。若いのにどこか気の利いた空気を持っている彼とは、何かとウマが合う。

「今日は何にします?」
「いつものグリーンカレーで」

翔太は手早くオーダーをキッチンに通し、僕の向かいに座った。暇な時間帯に僕と話すのが彼の楽しみらしい。

「田中くん、ここでいつかジェフリー・バワの話をしたの覚えてる?」
「ええ、スリランカの建築家ですよね。自然と建築の融合がどうとか」
「そうそう。彼の手掛けたホテルに、一度泊まってみたいんだよね」
翔太は笑いながら、「そりゃ贅沢ですね」と言って厨房に戻っていった。

その時、隣の席から静かな声が聞こえた。
「私もバワのホテル、気になってるんです」

振り返ると、眼鏡をかけた女性がこちらを見ていた。細いフレームが顔立ちを知的に引き立てている。肩に軽くかかる黒髪、控えめなリップ。彼女は僕に微笑みかけながら自己紹介した。

アリヤさんは、マレーシアの建築家

「アリヤです。マレーシアから来ました。建築関係の仕事で」

僕は軽く会釈して、「建築家同士ですね」と応じた。話題は自然とバワに移った。

「彼のホテルは、本当に特別だと思います。建物が周囲の自然と溶け合いながらも、内側には確固たる個性がある。建築が詩を語るとしたら、まさにそんな感じですよね」

僕の言葉にアリヤは静かに頷き、眼鏡越しの瞳が優しく光った。
「私もそう思います。でも…」彼女は少し考え込むようにしてから続けた。「もし彼が現代にいたら、きっと違うアプローチを取ったかもしれませんね。もっとエネルギッシュで、大胆なデザインとか」

「なるほど、時代が建築に与える影響って大きいよね」と僕は感心した。彼女の言葉には、柔らかさの中に鋭い視点があった。

食事を終える頃、翔太がコーヒーを持ってきた。
「お二人、いい話してますね。おかわりグリーンカレーもいります?」
僕たちは顔を見合わせて笑った。

「それにしても、スリランカ行きたいなあ」と僕が呟くと、アリヤは軽く微笑んで言った。
「じゃあ、その時は私に案内させてください」

彼女が眼鏡を直しながら店を出て行ったあと、翔太が僕に一言。
「その誘い、逃しちゃだめですよ」
僕はグリーンカレーの器を眺めながら、南国の風景をぼんやりと思い浮かべた。


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