終末思考

 今日も昼食は食べなかった。
 朝と夜は両親が見ているので食べなければならないが、昼なら二人ともいない。台所に昼食を作った痕跡がないと言われれば、外で済ましてきたというだけだ。いい年なんだからそろそろ自炊なさいとしつこく言われはするが、無視を決めこむ。それがここ最近の日常だ。
 私は生きていくのが面倒になってきている。ご飯だけではない。寝る準備をするのも面倒だ。毎晩深夜二時過ぎに寝ては、親に怒鳴られている。そんなに遅くまで何をしているのかというと、スマホをいじったり、本を読んだり、まあ暇つぶしだ。歯磨きをして、お風呂に入って、寝て、そして朝には起きること。それらの全てが面倒だった。
 なぜ寝るのか。親がうるさいからだ。
 心配させてしまっているのは申し訳ないと思う。ただ私にはもう、そんな心配する情などはよくわからなかった。情とはマニュアルだ。ここで放っておいたらみんなからひどいと言われるから心配する素振りを見せるべき。そう自分のマニュアルに書いてあるからそれを実行する。私にとっては情なんてそんなもので、親がなぜ情に突き動かされて怒鳴りまでするのか全くわからなかった。むしろ私は親が怒鳴るたびにイライラし、息苦しくなり、なぜか涙が出てくるので気を紛らすために動画やゲームに走る。余計寝る時間が遅くなるのだ。それぐらい気づいてほしい。いや、そんなことを思うのは自己中心的か。

「ああ、だる……」

 そろそろベッドから出なければならない。寝ることが面倒だと言っているくせに、一度寝てしまったら起きて活動することが面倒になるのだ。日曜日の夕方六時。珍しく休日に両親とも仕事だったので、必要最低限の家事を済ませたあとはひたすら横になっていたのだが、これではいけない。ほぼ一日中寝てたなんてことがばれたら、親になんて言われるか。あの二人はただでさえ仕事でも切羽詰まっているのに、新たな心配事が増えたと半狂乱になることだろう。母親のキリキリとした声、父親の不機嫌そうな表情。全部嫌いだ。
 病気だと思われるのも、ただぐうたらしていただけだと思われるのも面倒。覚悟をもって、起き上がった。重い体。体重計ではかったらせいぜい五十キロぐらいの体重だが、動かないため筋力が落ちている。ベッドであぐらをかいた。ベッドから出るのは親が帰ってきてからでいいだろう。

 そういえば、明日は大学に行かなければならない。対面での授業があるからだ。正直、大学にいくのも面倒くさい。授業で人と関わるのも、電車で他人と他人の間に挟まって座るのも辛い。他人と同じ空間にいるだけで疲れてしまう。こうしないと不機嫌になるとか、ああしないと嫌なやつだと思われるとか、毎日いろいろ考えて行動するくせに、生来の性格の悪さのせいかいつもどこかしらでうっかりミスをする。こんな状況なのに、両親はしきりに大学のサークルに入れと勧めてくる。いや、もはや強制だ。明日はとうとうサークルのポスターなんかをもらってきて、親に報告しそれを見せなければならない。
 それでも単位を落として、親にこっぴどく叱られ、ただでさえ低い自分への評価がもっと低くなることの方がもっと面倒くさい。

 明日は、嫌いだ。
 月曜日は、嫌いだ。
 せっかく終わった諸々を、また始めないといけないから。



 なにかしらのサークルに入りなさい、人と関わらなきゃいけない職業を目指してるんだから今のうちに練習しておかないと、あなたのためを思って言っているのよ、それが嫌だったら何で今の大学入ったの、落ちた子がかわいそうでしょ、最近○○なんかおかしいよ、いつも部屋にこもってばかりで、何やってるのかわからないし、やっぱりどこかおかしいんじゃないの、今度心療内科行く?

「ありがとう、なんでもないよ、お母さんは優しいね」



 両親が帰ってきてからは嵐だった。
 私がしっかりしていないから、面倒くさがりだから、やりたいことがあって大学に入ったはずなのにやる気をだせないから悪いことはよくわかっている。
 両親、特に母親は現在職場の人間関係よ尋常じゃない仕事量に苦しんでいる。父親も、仕事で疲れているのにそんな母親に自分でできるなりに気をつかっている。私は夜の家事はほとんどサボっているためそういった面でも両親には迷惑をかけている。二人とも余裕がない。本当によくわかっている。
 もっと手伝えば、彼らの負担がなくなる。もっと頑張れば、彼らの機嫌は良くなる。マニュアル上ではわかっている。そうではあるのだけれど、私は彼らを手伝う気分ではないし、優しくしてあげる必要性も感じられない。私の世話をしてくれるのはいいが、怒鳴って気分を悪くさせる存在を思いやらなくていい。
 そうだ、他の人間だってそうだ。荷物がぶつかっただけで舌打ちするやつも、いつも楽しそうで私の劣等感を刺激してくるやつも、私の性格の悪い部分がうっかり出たときに引いてたやつらも、何もかも。優しくしようとしなくていいんだ。ああ、もう。

思いやることすら、面倒くさい!!



 また一日が始まる。今日は月曜日。
 私は月曜日が嫌いだ。せっかく終わった諸々を、また始めないといけないから。
 だけど、こうは考えられないだろうか。何かが始まってしまうなら、いっそ自分で全てを終わらせればいいと。

「包丁洗うのもめんどいわ……。まあ、でも今日までだから」

 台所で水を勢いよく出し、バシャバシャと洗う。表面の汚れを洗い流せればそれでいいとは思うが、一応洗剤もつけて、しっかりと洗っておく。昨日も朝食に使った食器を洗っているときにも思ったが、水がだいぶ冷たくなっている。あのときは、嫌だなとしか感じなかったが、今は冬の訪れをしみじみと思えるような余裕が心にある。
 洗い終わったら、包丁を手提げ袋に。いつもの大学用のリュックは、もう持っていく必要がない。床の汚れた部分をなるべく踏まないようにして、玄関に向かう。

「いってきまーす」

 返事がくるわけでもないが、もうこう言うのが習慣になっていた。軽い足取りで町へとくりだす。

 生きることが面倒くさい。
 他人といることが面倒くさい。
 他人のことを考えるのが面倒くさい。
 でも、自分で死ぬのもちょっと怖い。
 そんな私にあった選択肢は、たった一つ。

「よっしゃー、やるぞ!」
 こんなにもやる気を出せることは、久しぶりだった。 

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