そこは未だ
沖縄本島に住んでいたBさんは、夏休みに家族と離島の方へ旅行に行った。
今回の旅行を楽しみにしていたBさんたちだが、不安なことがあった。Bさんの妹がやけに島を怖がったのだ。島に着いた時点で怖い、怖いと言いながら震えている。
実はBさんの妹は、家族の間では霊感持ちとして通っている。そんな彼女が怖がっているというのは、つまりは「そういうこと」なんだろうとBさんたちは理解した。本来の予定では戦争の際に住民が滞在していたガマを巡るはずであったが、この調子では無理と判断し、海の方へ行くことにした。海ならまだ、そういったものは少ないのではないかと判断したのだ。
エメラルドグリーンの、透き通った海が広がる。本島でも普段からこのような海は見ているが、切り立った崖の上で美しい沖縄の海を見下ろすというのはなかなか良いものだった。しかし、そこでもBさんの妹は怖い、怖いと言って怯え続ける。むしろ、島に着いたときよりも今の方がよりひどくなっていた。 その島の観光名所の1つにいたときは特に怯えていた。そこは2つの岩の裂け目からその下の奥深くを覗き込めるという場所だったのだが、覗き込もうとしないどころかその穴に近づくことすら拒否する。あまりの異様な怯えっぷりに家族はどうしようもできなくなり、結局予定より早めに旅館に行くこととなった。
後日Bさんが調べてみたところ、妹が特に怖がっていた岩の裂け目というのはかつて多くの妊娠した女性が飛ぶ場所であったことがわかった。飛ぶといっても、望んでそんなことをしたわけではない。重い税金から逃れるためだ。昔の沖縄は人頭税と呼ばれる、作物の状況ではなく人口を基準に徴収する税金があった。人々はなるべく子どもを産みたくなかったため、誰かが妊娠したとわかるとその人を岩の裂け目から飛ばせた。大抵の人はそこでおなかの子どももろとも死亡。運よく生き延びたとしても、流産を免れることはできなかった。
現在は人頭税が廃止されてからだいぶたち、岩の裂け目から飛ぶ妊婦ももういない。それでも、Bさんの妹が何かを強く感じ取っていたとするならば。
かつてその場所にいた人々の思いや無念は、どれほどのものだったのだろうか。
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