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『長兄 周恩来の生涯』

映画のことはまったくわからないのだが著者のハン・スーインは『慕情』という映画の原作者として有名らしい。
彼女は中国人の父とベルギー人の母の間に、中国の地に生をうけた。

日本で最も有名な周恩来の評伝のひとつ。
原題は『ELDEST SON Zhou Enlai the Making of Modern China,1898-1976』。
直訳すれば『長男 周恩来と近代中国の建設』という、少々意味がわかりにくいタイトルといえるかもしれない。
これは中国の儒教的社会において「長男」というのは「家」を背負う重責を持つことを念頭におく必要がある。
周恩来自身は周家の長男であり、それと同時に伝統中国の徳性を発揮して現代中国を担う「長男」の役割を果たしたことを表しているのだ。
「敬愛的周総理」と人民に慕われ愛された彼の側面を表現するため邦題を『長兄』としたのは訳者のセンスの賜物。

訳者のあとがきにもあるとおり、周恩来への賛歌(というよりも敬慕)に満ち溢れた伝記である。
細かい部分で客観的な史料に必ずしも基づかない記述も少なくない(大きく史実から逸脱することはないので一般的な伝記としては高水準ではある)。
この点については著者は歴史学者ではないので仕方がない部分ではある。

この本の優れた点に目を向けよう。
周恩来本人を含め、夫人の鄧頴超をはじめとする何人かの重要人物への貴重なインタビューなどを駆使できたことは強みである。
また、中国にルーツを持つ著者が持つ「周恩来」への率直な気持ちが描かれており、中国人にとっての「敬愛的周総理」像を読み取るには絶好の一書といえよう。

版切本連投。
興味を持たれたら古本屋や図書館で探してみて欲しい。
そして学術文庫や学芸文庫や学藝ライブラリーなどに入って書店でも復活してくれたらどんなに善き哉。

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『長兄 周恩来の生涯』
著者:ハン・スーイン(訳:川口洋、美樹子)
出版:新潮社
初版:1996年(版切)

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