竹美映画評② ホラーとコメディは紙一重(アス (”Us”、2019年、アメリカ)
人種差別の問題があまりに根深いので、これ笑っていいのか迷う…そっか、これはホラーだ!と納得させ、見事に財布の紐を開かせた映画「ゲットアウト」から二年。ジョーダンピール監督の最新作でございます。
竹美たちがやってくる。竹美が複数形でやって来たらとても困る!でも、わたしたち、来ちゃったお。そういう映画。あらすじ読んでも同じこと書かれてるよ。ある日私たちの前に自分と瓜二つの存在が現れたら?という映画…とだけ言うとミスリードかもしれない映画でしたわ。
何か自分で書いてて的確すぎて笑っちゃう。竹美さんって何なんだろう。私も教えてほしい時がある。
本作でルピタニョンゴさんを初めて観たが、オスカー女優は格が違う!彼女のことは、オバマ時代最強のポリコレ映画(であるが故に私はまだ観てない)「それでも夜は明ける」でオスカーを獲ったケニア人、としか知らず、関心を持っていなかったが、本作でのルピニョンは、出てきた瞬間から、彼女が演じる二児の母アデレードの不安が画面のこちら側に忍び寄ってくる。彼女が怖い。どこ観てるか分かんない目。始終震えるほっそりした身体つき。予測不能の女よ。
子供の頃に訪れた観光地での不可解な出来事のトラウマから、同じ場所に行くことをとても嫌がるアディ=ルピニョン。「ゲットアウト」の「ノーノーノー、ノノノー、ノー」の泣き笑いメイドを越えた我らは、ルピニョンの尋常ではない怖がり方には絶対何かあるよ、と引き込まれる。
最初に一番怖いのは、彼女が夫の前で昔起きたことを語り出すとこ。まだ何も起きてないのに、震え方がすごいの。彼女は、子供の頃に遊園地のビックリハウスで遭遇した自分そっくりの女の子が追いかけてくるのではないかと怖がっている。映画を観終わった後にその正体は明らかになるが、それもまた気色悪い。
この世にあたしは一人で十分だよッ!てテーマ、決して初めて聞く話ではないんだけどね、「わたしたち」ご入場シーンの怖いこと。え!?マジで?!もう見せちゃうの!?不気味すぎる。自分とソックリ同じ顔なのに別の人格だなんて。
私たちはアメリカ人よ!
と虐げられた者たちの声を代弁するかのようなセリフを「わたしたち」陣営の一人がしゃがれた声で吐き捨てるが、怖いのと同時に少し笑ってしまいそう。演じるルピニョンも楽しそう。「アス Us」も、考えたら合衆国の略語みたいだもんね。「ゲットアウト」からの本作しか観てないけど…ジョーダンピールさんは、社会的格差の問題や差別の根深さを心底分かりつつ、それを怖さとブラックユーモアとして再構成する一種の狂気を持っている。この人にとって社会の問題を描くことは、舞台装置の一つに過ぎないのかもとさえ思わせる。知性で突き放してるという強さなのか…根深い人種差別の中で強く生きていくことを選んでるのではないだろうか。過去に「マッドTV」なんてお笑い番組に出ていて、それだけ少し観たことあるんだけど、かなりきついジョークを連発する番組だった記憶が。あれの延長として考えると、少なくともあの監督さんの中ではお笑いとホラーは紙一重なんだと思う。ホラーから恨みや嫉妬などの闇の感情を取り除くか、徹底して薄めると、コメディになるのだ。
もっと言ってしまうと、悲惨な差別の実態=人間の残念な部分をフィクションの中で取り上げると、ブラックユーモアと悲劇とホラーのどれにでも変わりうるということを示しちゃったのね。
ラストの方は、付いていけませんわ!あたくし帰りますわねっ!?と感じる人もいそうだが、もしかしたら我らのトンデモ映画リテラシーを問われているのかも。「パラドクス」からの「ダークレイン」で一同仰け反ったイサックエスバン監督作品や、一連のシャマラン映画、アレハンドロ・アメナバル意地悪姐さん映画を越えた今のわたしたちなら大丈夫と思うのよ。わたしたちがやってくる。
でね、差別という観点から、ルピニョンの立ち位置については色々と話をしてみたいところ。私は、深読みのしすぎかもだけど、ルピニョンの演じたアデレードは、最後には何かゾンビ映画でアポカリプト生き延びた強いヒロインでありながら、社会の境界線を全く変えることはない。ただ生き延びるのみなのだ。そこに、ジョーダンピール監督の現実適応力を重ねて見るのは言い過ぎかしら。或いはゾンビ映画が究極的には逆説的な現実肯定映画としての顔を見せているのかも。
オバマ時代後期のハリウッドは、格差と人種問題、人権問題をこれでもかと描いて来ており、そこに中南米移民の要素が入り込んだ今なお大して変わっていないように見える。ハリウッドは、次何を描こうかと出方を探ってる気がする。正しいことをしたいのは皆同じなのよ。例えば、ブッシュ・オバマ政権と比べたら、トランプ政権はハト派じゃねえかという現実をどう受け止めていくか、というのは飛び過ぎた議論だが、マイノリティや弱い者を軽くからかっていじめて見せることとハト派であることが両立してしまう中で、ジョーダンピール監督の映画には、何とも言えない腹黒さを感じさせる。まぁ、私の中にある闇に呼びかけてくるんだな…おいでおいで…びゅおおお