国立大学の法人化以後における授業料などの変遷
周知のとおり、2004年度に国立大学が法人化された際、授業料は文部科学省の定める「標準額」をベースに各大学が定めることになった。国立大学法人法第22条第3項に「国立大学及び次条の規定により国立大学に附属して設置される学校の授業料その他の費用に関し必要な事項は、文部科学省令で定める。」という規定があり、これに基づいて国立大学等の授業料その他の費用に関する省令が制定されている。
本稿では、この省令の制定時から現在までの改定の経過を辿り、国の制度がどう変遷してきたかを見ていく。個別の国立大学における授業料の設定については、すべてに触れる余裕がないので、一部を除いて扱わない。
法人化前
法人化前はどうだったのか。「国立学校における授業料その他の費用に関する省令」というのがある(昭和36年文部省令第9号)。昔の省令の条文を見るのは大変で、当時の法令集(加除式でないもの)に載っていなければ、有料の官報情報検索サービスを図書館で使うくらいしか手立てがないはずである(それも改正が反映されている条文ではない)。それはさておいて、(筆者の捜索が間違っていなければ)この省令ではおおよそ「国立学校において徴収する授業料……の額は、次の表のとおりとする。」といったような条文(第2条第1項)によって授業料の額を定めていた。表には授業料・入学料・検定料が学校の種類別に細かく定められており、制定当初の学部の授業料は年9,000円、法人化直前の学部の授業料は年520,800円であった(最終改正は平成14年11月1日文部科学省令第44号で、年496,800円から値上げ)。条文からも読み取れるように、この額はすべての国立大学に対して一律で適用されるものだった。
法人化直後
2003年7月15日以降に公布された法令は国立印刷局のインターネット版官報で読める。というわけで、冒頭でリンクした現行条文とは別に、法人化当初の省令の条文も2004年3月31日の官報号外第68号33ページ以下で参照できる。主な内容を挙げておこう。
学部の授業料の標準額は年520,800円であった(第2条)
法人化直前の額と同額である。
国立大学法人は、「特別の事情があるとき」は、標準額の110%を上限として授業料などを定めることができるとされた(第10条)
寄宿舎の寄宿料についても標準額が定められていた(第9条)
具体的な額は面積に応じて設定されており、単身用なら月4,300~5,900円、世帯用なら9,500~14,200円だった。ただし、木造の寄宿舎や1959年3月までに建築された寄宿舎は月400円、1959年4月から1975年3月までに建築された寄宿舎(一部例外あり)は月700円とされていた。
これも法人化直前の額と同額(のはず)である。
ちなみに「標準額」の趣旨は条文ではどのように表現されているかというと、全文は長ったらしいので省略して示すが、「国立大学……の授業料……の年額……は、次の表の〔……所定の……〕欄に掲げる額を……標準として、国立大学法人が定める。」という具合である。定める主体を国立大学法人としておきながらその内容を「標準として」という文言で縛っているのはなかなか捻くれた条文だが、こういうのは法令ではよくある話で、表面的に咎めるよりはその内実を評価した方がいい(と筆者は思う。日本学術会議法第7条第2項「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」を思い出すならば)。
2005年度:標準額の値上げ
さて、その後この省令は何度か改定が行われている。その一覧は日本法令索引の「国立学校における授業料その他の費用に関する省令」のページで見ることができる。なお、改定の際の省令も同様にインターネット版官報で閲覧できる。
まず、平成17年文部科学省令第20号で、法人化2年目にして標準額の値上げが行われている。学部の授業料は現在と同じ年535,800円となった。
ちなみに東京大学は、この標準額値上げに際して、2005年1月25日付けで「来年度の東京大学の授業料について」という記者発表を行っている(2005年1月26日の「学内広報」No. 1306にも学内向けに文面の異なった記事が掲載されている)。そこでは「国から交付される運営費交付金は、標準額による授業料収入があることを前提として措置されており、授業料値上げを見送ることは大学にとっては減収を意味している。」と述べた上で、「学部と大学院修士課程については、遺憾ではあるが、文科省令が改定され標準額が正式に引き上げられた場合には、それにあわせて授業料値上げを実施せざるをえない。」という立場を取っている。一方で大学院博士課程は「親の収入に頼らない独立家計の者の比率が高く、また1000名近い外国人留学生がおり、若干であれ授業料が上がることは、有為の若者の学問への志を断ち切る危惧がある。」として授業料値上げを見送っており、以来現在までこの値上げ前の授業料が維持されてきている。東京大学で学部および大学院修士課程と大学院博士課程とで授業料の額が異なっているのはこのときの経緯によるものである。
2006年度:寄宿料の標準額の削除
平成18年文部科学省令第14号では、寄宿舎の寄宿料を定めていた第9条が変更され、現行と同じ次のような条文に改められた。
当初の省令では標準額を定めていたところ、この改定でそれが削除され、寄宿料の設定は全面的に各国立大学にまかせられる形となった。
ちなみに、東京大学の学生宿舎で後期課程・大学院の学生が利用できるものは主に豊島国際学生宿舎であるが、2024年現在の寄宿料はA棟で月10,000円、B棟で月36,300円となっており(光熱水費別)、単身用で月4,300~5,900円だったかつての標準額を大きく上回っている。
2007年度:上限の120%への引き上げ
続いて平成19年度文部科学省令第7号は次のようなごく短いものである(附則は省略)。
第10条は授業料の標準額に対する上限を定めたものであった。つまり、この短い条文での改定によって、上限は110%から120%に引き上げられた。現在、標準額である年535,800円から20%にあたる約10万円の値上げを実施あるいは検討する大学が出てきているが、その上限である20%という値はこのときに定まったものである。
2024年度:外国人留学生・海外分校に関する授業料の自由化
最後に令和6年文部科学省令第12号である。この省令の前半では幼保連携型認定こども園という新しい学校種別に関する規定の追加をしているが、それは飛ばして、後半を見る。第11条と第12条に次の条文が挿入されている。
「の規定にかかわらず」の前で参照されている第2条第1項が標準額を定めている部分、第10条(第11条では「前条」として参照されている)が上限を定めている部分だ。つまり、外国人留学生あるいは海外分校については標準額も上限も無視して授業料を設定してよいと言っている。
報道によると、首相を長とした「教育未来創造会議」(「教育再生実行会議」の後継)が2023年4月に出した「未来を創造する若者の留学促進イニシアティブ(第二次提言)」という提言で「日本語教育、リメディアル教育その他学習支援、相談体制の充実など、留学生受入れの質の向上を図るために必要な対価の徴収としての授業料設定の柔軟化を図る」などとされたことを受けてのものようだ。あえていうまでもないが、(私立大学ではあるものの)武蔵野美術大学の「留学生の修学環境整備費の新設」なども同じ流れの中で生じた事態なのであろう。
まとめ
国立大学の財政に関する制度の変遷として、運営費交付金については別のnoteで詳しく紹介した。
授業料の方はそれと比べると制度改定の頻度はおとなしいが、それでも法人化当初の制度からいくつか変更が加えられていることが分かる。ざっと並べると次のようになるだろうか。
法人化により、全国一律の額だった国立大学の授業料は、「標準額」をベースに各大学が定めるようになった
「標準額」は法人化の翌年に値上げされている
その後も、寄宿料の標準額の削除、標準額に対する上限の引き上げという変更が相次いで行われた
今年になって、外国人留学生・海外分校に関する授業料が自由化された
標準額の値上げを除けば、総じて、各大学に授業料などを決定する権限が持たされ、そしてその裁量が徐々に拡大していっている。一つの考え方としては、それぞれの大学が説明責任を果たしながら自律的に運営・意思決定を行うことを原則とし、国が必要な範囲に限って規律を定める、という姿もあり得るだろう。しかし現在の実情として、厳しい財政と国の政策に即した制度の上で動かざるを得ない国立大学は、果たしてどこまで自らの責任によって意思決定していると言えるのか。授業料の制度上の設定主体を各大学の側に置くこの仕組みについて、その実態も鑑みて、今どのように捉えるべきだろうか。
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