鼻歌の魔法 ― 大きな問題が小さくなる時
スマートフォンの画面に浮かぶ旧友の名前を見つめている。4年も会っていない。画面が暗くなり、また指でタップして明るくする。こちらからお願いがあるのに、なぜだかその一言が踏み出せない。
「連絡する」というただそれだけの行為が、途方もなく難しい課題に思えてくる。画面のメモアプリを開き、慎重にリストアップを始めた。
「文面の検討」「送信のタイミング」「返信の想定」
そこからさらに枝分かれしていく。
「断られた場合の対応」「代替案の用意」「関係性への影響」
タスクを細分化するたび、どこか安心している自分がいた。仕事ではいつもこうして、大きな課題を小さく分けることで解決してきた。だから今回も、同じやり方で進めようとしていた。
メモ帳の中で計画は膨らんでいく。最後には「断られた時の心の整理方法」まで書き加えていた。
「まだ準備が足りない」
そんな言葉を繰り返しながら、一週間が過ぎていった。
「今やろう」
ランチで会った友人が、さらりとそう言った。iPhoneの画面をそっと伏せる。その何気ない一言で、急に自分が滑稽に思えてきた。まだ一言も送っていないのに、断られた時のリカバリープランまで立てているのだ。
帰宅後、意を決して文面を打ち始めた。案外すんなりと言葉が並ぶ。あれほど時間をかけた準備なのに、実際の行動はあっという間だった。
送信ボタンを押し、画面に映る既読の表示を待ちながら考える。あの緻密な計画は何だったのだろう。複数あったはずのタスクは、結局「○○に連絡する」というたった一行になっていた。
ふと、身の回りでよく見かける光景を思い出す。
「完璧な部屋づくりをしよう」と、家具のカタログを何度も見返していた友人が、「とりあえず好きなものから置いてみよう」と気持ちを切り替えたら、すんなり理想の空間ができあがっていった。
「絶対に失敗したくない」と転職の情報を集め続けていた知人が、「まずは話だけでも」と肩の力を抜いて臨んでみたら、自然と道が開けていった。
気づいてみれば、どれも同じパターン。
真剣に向き合いすぎて、小さなことを大きな問題に育ててしまう。
でも、少し鼻歌交じりで一歩を踏み出してみると、不思議と道は開けていく。
通知音が鳴る。心配していた返信は、思いのほかあっさりと届いた。
画面に浮かぶ言葉には、相手の変わらぬ温かさ。
緊張していた心が、ふっと緩む。
結局、あの複雑な対応計画は必要なかった。
秋の陽射しが差し込む午後、スマートフォンの画面に新しい会話が並ぶ。
返信を書こうと思う。
今度は、少し鼻歌交じりで。
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