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日記20250205

写真は昼食。朝食は撮り忘れ。
鮭を煮た惣菜を母からもらったので、それをパスタに。

通学時にうちの店の前で一緒にデスターシャしてた子が中学受験に合格したそうだ。
来年から中学生で、しかも少し遠くに通うから4月以降はお目にかかることも減りそうだ。
残りの日々であと何回デスターシャ出来るのだろう。
そんな事を思うと一抹の寂しさがポツリと零れる。

最近またシラスをよく視聴してる。
夜の仕込み時間、昨年8月に開催された太田光✕石戸諭(+東浩紀)イベントを配信期限間近ということで再視聴。

後半、東浩紀さん合流から戦争や日米関係についての議論が深まっていくところが感動的。真剣に自分の言葉で語り合う3人の姿を観客として眺め、それを楽しいとかなるほどとか思うこと自体、私たちは平和について考えているということなのだろう。

東浩紀は「現代はどこの国の人も“人類”という観点を失っている(大意)」と言う。現代の政治の主流はアイデンティティポリティクスだ。個人的な事にこそ政治の根幹があるとする考え方だ。虐げられている個人を救う事はとても重要な事であり否定のしようもないことだ。だけど両立していた「人類」のような大きな視点を語ることが少なくなっている気がする。
まして外国人への排斥的な言説が最近はメディアでも真面目に語りるようになってきた。
非常にまずい。
そんな中、外国人問題を扱ったTVドラマ「東京サラダボウル」がクリティカルな作品として光っている。これから日本には多くの外国人が否応なしに入ってくる。少子化の世の中で生産年齢人口を上げないことには立ち行かず、外国人なしで成り立たない状況はすでに進行している。
つまり今が我々が「人類」について考えるその時なのだ。
様々なトラブルは起きるかもしれない。だけど人間社会はそもそもトラブルとその解決で進行している。
適度なあきらめと、真面目に向き合う姿勢。
そのゆらぎを許せる幅が必要な気がしている。

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