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高2の夏が一番エロいという風潮

 

ヤバい、トミーのエロ本が初枝ちゃんにバレた

こいつはまずいぞ。初枝ちゃんが怒ってる。問題の発端はトミーのエロ本。厳密に言えば、トミーの机の上に置かれていた大人の四十八手指南書。移動教室の時に誰かがふざけて置いていたのを、クラスの担任である初枝先生がたまたま見つけてしまったっぽい。

初枝ちゃんは身長が150㎝と少ししかないから、教壇に上がっても特に迫力はない。トレードマークである眼鏡チェーンを揺らしながらプリプリと怒っている。教室に残された男子全員、次は体育の時間だから早くグラウンドにいきたくて身体がうずうずしている。ハリーポッターのマダムドローレスみたいに迫力なく怒る初枝ちゃん、右手にはエロ本、とばっちりで怒られてしゅんとしてるトミー。ボクらは状況が面白すぎてうつむきがちに笑う。

窓から聞こえる五組の体育をしている音は楽しそうで、でもこの状況もなかなか捨てがたいほど面白くて、片田舎の高台に位置する高校二年生たちは、限りなく17歳を謳歌していた。


「高2の夏が一番エロいらしいぞ」

夏休み目前、まことしやかに流れるその説に男子生徒は須らくそわそわしていた。17歳になったばかりのボクたちは、底抜けの性欲を日々持てあましながら生きていてた。「”高2の夏”という響きはどんな堅物な女の子でも狂わせるらしい」「おれの姉ちゃんもそういってた」「隣の高校でもそういう噂が流れているらしいぞ」「来るべき日に備えて練習しておかないとな」

高2の夏、刻々と違づくXシーズンに男子諸君は焦りを隠せなかった。女子とのラインも心なしか指に力が入り、駅前のミスドでは100円セールに合わせて何度も作戦会議が開かれた。駅前の娯楽施設はカラオケとボウリングくらいしかないし、電車でどこに行くにしても特に面白いところもない。高速バスで郡山まで出かけるのは出費が痛すぎる。

ちょっと待てよ、一緒に遊ぶのをクリアしてもそのあとはどうするんだ? 日本史のテストで歴代総理大臣の名前をすらすら書けるような奴でさえも、XデーのXに至る次の一手を知らなかった。秀才も難問に首をかしげている。ネットの海を漂流するエロの動画達は腰の振り方を教えてくれても、ベッドインするまでの過程は教えてくれない。

期末テストなんかよりも大事なことがあるんだ、なんとしても学び取ってやろう。そうやっきになって関連動画を食い入るように見つめていると、気が付いたら左手でティッシュを握りしめている。


エロに至るまでの軌跡、そこには大きな大きなモザイクがかかっていた。


「これ決めたら練習終わりな」

中川大志が広瀬すずにそう呼びかけた後、サーブを放つ。広瀬すずはボールに反応しない。「どうした、広瀬」不安がる中川大志。うつむきがちに、でもまっすぐに見つめて「まだ、まだ終わりたくないから」イツカキィットーツタエタイー

ボクたちはスマホの画面を食い入るように見つめてキュンキュンしていた。見すぎて完コピできるレベルだった。剣道の練習後の汗臭い五厘坊主という存在は、YouTube上でキラキラしてる彼らとは対極に位置していたし、残念ながら剣道部女子たちの肩幅は、少なく見積もっても広瀬すずの二倍は広かった。シャワーを浴びても少し臭う僕たちの体臭は、
シーブリーズごときで消せるはずもなかった。

でも「シーブリーズの蓋を好きな人と交換すれば、その恋は叶う」という企業のマーケティングに踊らされていたから、つけても意味がないのにも何本も何本も購入して、湯水のように体中に振りかけた。「蓋を交換しよう」と女子に話しかけても許される顔面を有している時点で俺たちとは違う存在だ、ということに気が付いたのはだいぶシーブリーズ課金した後で、それに気づいてからは寂しく先輩と蓋を交換し合った。

「次で最後な」そういってニキビ面の少し臭い坊主の先輩は竹刀を構え、面を打ち込む。ボクはスパーンと打ち込まれた後、「まだ、まだ終わりたくない」とかすれながら答える。このシーブリーズ地獄の剣道Ver.はボクたちの中でそこそこ流行った。肩幅達もはたから見て笑っていて、地獄ながらも楽しい部活を過ごしていた。


”シティボーイ”になりたかったアーバンボーイズ

男子の中で”シティボーイ”という言葉が流行っていた。何でも雑誌『POPYE』を読んだ奴を筆頭に、都会への憧れの気持ちが増幅しているらしい。ダボっとしたズボン、手にはスケートボード、日に焼けていない白い肌、少しだるそうな顔。雑誌ではBEAMSというブランドを推している。Tシャツ一枚の値段に驚愕する。一枚で一万円を超えるなんて。そんな世の中があるとは知らなかった。

修学旅行の行先は滋賀だったから、東京駅を経由して新幹線に乗り換える。ボクたちは東京駅を歩く人々をくまなく観察した。「あれはシティボーイだ」「あれはシティボーイじゃない」、学ランの坊主たちが駅構内を歩く人々を評価するのもちゃんちゃら可笑しいが、ボクたちはシティボーイの服装を本気で目に焼き付けて、地元の安価な服屋で限りなく近い服を購入しようと意気込んでいた。気だるげにスマホを弄る青年をシティボーイを満場一致で認定し、修学旅行も始まっていない段階でまずまずの満足感を味わっていた。

神戸に着いた。神戸では班行動で思い思いの場所へ向かう。しかしあんなにもシティボーイたるや何か語っていた奴らが、異人館近くのスターバックスにいそいそと向かっている。なんなら神戸限定のコップとかを買っている。その様に、一生シティボーイにはなれないな、と思わず笑った。


ボクたちはきっとハーバードにだっていけた

サッカー部ではあんなにも真剣な姿をみせるあいつも、今年こそは甲子園狙えるんじゃないか、そう噂されている運動神経抜群の野球部の彼も、学校全体を取りまとめる生徒会長くんも、常に学年上位に位置するガリ勉君も、活躍するフィールドは違えど、みんながみんな女子生徒に恋し、その恋が報われたり報われなかったりするところは同じだった。

でも高校二年生なんか恋愛とエロの違いなんか分かるわけはなくて、誠実な気持ちだと見栄を張りつつ、だいたいは鼻の下を伸ばしながら女の子と喋っていた。それを指を加えてみている奴、茶化す奴がいてワンセット。でも全国どこの17歳もそんなもんだよな。

女子の前ではポパイなんか読んで、シティーボーイへの憧れを語りつつ、体育の着替えなんかでクラスから女子が目の前からいなくなったら、クラスは一気に大猥談会場に成り下がった。スカートとキュロットの構造的な仕組みからエロさを追求する者、先のエロ本を読んで未来に活かそうとするもの、童貞のくせにスパンキングの練習をするもの。そんなことに費やした時間を勉強に充てていれば、おそらく誰か一人くらいはきっとハーバードにさえいけた。

でも、果てしなく意味のない猥談に腹を抱えるほど笑った世界線と、それらを味わうことなく勉強し続ける世界線。どちらがいいかと比べる必要もない。2-6の全員がそう言うだろう。

ボンキュッボンの洋物こそが至高!そう言っていたアイツだけは違うかもしれないけどね。


まるでケーシィのように

ボクたちは携帯ゲームネイティブ世代。小学校の頃の夏休みはゲームボーイアドバンスを手に握りしめ、遊びに行くにも何をするにもゲームを持っていった。特にハマっていたのはポケモンのエメラルド。よく友達と情報交換をした。「ポケモンを捕まえる時にはAとBを素早く連打するんだよ」「違うぞ、ABとセレクトボタンを長押しだぞ」「画面を閉じてカセットを引き抜く方がいいよ」…中には悪魔もいたが、素晴らしきポケモンライフを友達と過ごしていた。

高校生になってゲームは手にしなくなった。勉強に部活で忙しいし、好きな子とラインしている方がよっぽど楽しい。当時のぼくは同じクラスの女の子にめちゃくちゃに恋をしていた。次の時間女子と合同でプールだからって汚い床で腕立て伏せをした。坊主でも精一杯オシャレ感を出そうと制服の下に柄物のTシャツを着た。シーブリーズの蓋を交換しようと何度も鏡の前で話しかける練習をした。

初デートはプラネタリウムと決めていた。怖い映画でも見て涼を味わおうと、ポレポレいわきの映画情報を毎晩チェックした。小名浜の花火大会、平市街の七夕祭り、少し遠出して植田の花火も見に行こう。夏すべてのイベントに顔を出そう。肥大化した未来予想図が、告白の最後の後押しをした。

夏休み本番、部活帰りの道でたまたま一緒になって、「当たって砕けろ」の勢いで想いを伝えた。付き合える確信はなかった。疑惑と願望の決断だった。

「ごめんね今付き合う気はないんだ」

そう笑ってするりと彼女は消えていった。始まって一週間、17年間生きていた中で最速で夏が終わった。


残りの夏が消耗戦になった。送るラインの一言一句に悩み、今すぐ送ると「なんか気になってる感でちゃうな」と思い三十分開けてみたり、たまたまトーク画面を開いた瞬間に返信がきて焦ったり。あんなにも費やしていた時間とドキドキがなくなって、ぽっかりと心に穴が開いた。

手持ち無沙汰気味に起動したゲームボーイアドバンスは小学生の頃と同じようにボクを迎えてくれた。レポートを読み込むと116番道路で止まっている。手持ちはレベル8のミズゴロウだけだ。きっとケーシィを捕まえられなくて嫌になって辞めたんだろうな。ケーシィというポケモンは技「テレポート」で戦闘を強制的に離脱できる。何度トライしても捕まえられず、フラストレーションが溜まった記憶がある。

そんな当時を懐かしみながら草むらをうろうろしていると、黄色い狐のシルエットが画面上に映る。早速お目当てのポケモンが出てきた。小学生の時はポケモンを捕まえる裏技を信じ、AとBのボタンを必死に連打した。

分かってねえな。モンスターボールを投げると同時にピロピロと鳴る音を消す。そしてそっと画面を折りたたむ。念じること一分。もったいつけて画面を開く。


ケーシィはするりと姿を消していた。


***


夏が明けた。みんな以前とは見違えるくらい肌は焼けていた。

「みんな夏はどうだった?」

ニヤニヤする奴、意味深に高らかに笑う奴、なんだか悲しそうな顔をしている奴。思い思いの夏を過ごしたらしい。でも誰一人として一線は超えてなさそうだ。予想通りの展開に笑った。

みんながみんな貞操を守り通した高2の夏、そんな夏がエロい訳はない。ボクたちは帰納法的に結論を下した。恋愛よりも友情だな!笑顔で握手を交わす。抜け駆けは許さないというぞと腹心では思いながら。


あっそういえば、と声をあがる。

「文化祭マジックって知ってる?」

男子の目が鋭く輝いた。


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