算命学に聞いてみな 第1部第4回「生まれて初めて『それ』を見る」
●記憶が混濁する中で
そこから先の記憶は、じつはかなり混濁しています。
入院こそしたものの、私はひたすら息苦しさが増し、病院で用意された夕食も全く喉を通りませんでした。
母が売店で買ってきてくれたリンゴジュースすら、飲むことができません。
後になって分かったことですが、その時すでに私の麻痺は呼吸筋にまで及び始めていたのです。
●ギランバレー症候群とは
そもそも、ギランバレー症候群とはどのような病気なのでしょう。
ChatGPTに「ギランバレー症候群とは何か」を聞いてみると、次のように答えてくれました:
うーむ、なるほど……。
と言うか、これでは少し難しい印象です。
そこでさらに「小学生でも分かるように説明して」とお願いしてみると、次のような回答がありました:
なるほど、こちらの説明のほうが理解しやすいですね。
ありがとう、ChatGPT。
たしかにI先生にギランバレーだと診断された私と家族は、そのとき先生から、おおむねChatGPTがしてくれたような説明を受けました。
すでにほぼ全身麻痺になり、身体が動かなくなっていた私は、あまりの理不尽さに当惑しながら先生の話を聞いていました。
だって二日前のその頃は、従姉たちの家でお酒を飲みながらワイワイとクリスマスパーティをしていたのです。
それから48時間後、まさか自分が大学病院のベッドで全身麻痺になっていようとは思いもしません。
激しく混乱していました。
思うように頭が回らなくなっていた私は、正直、先生の話のすべてを理解したわけではなかったでしょう。
ですが、ただ一点。
「本当に…!?」と思いつついまだに忘れられないのは、ChatGPTが言うところの「多くの患者は適切な治療により回復」するという部分でした。
多くの場合、急性期を脱すれば回復する患者が多い病気だと先生は言ったのです。
私はそこに希望を持ちました。
こんな状態からどうやって回復していくんだろうというほど症状は重くなっていましたが、なにしろ相手は専門家です。
一言一言の重みには半端ないものがありました。
だから私の記憶にある限り、I先生は「場合によっては呼吸困難を引き起こします」とも、「一部の人に後遺症が残ることもありますが、稀に命に関わる場合もあります」などとも、決して言いませんでした。
あの時代に、インターネットやChatGPTがなくてほんとによかったと、心から思います。
もっとも、あったとしてももう私には、使うこともできませんでしたが。
そうか、治るのか、よかった。ほんとによかった――私は母とそう語りあい、少しだけ安堵しました。
当時のギランバレー治療の主流は、毎日ステロイドを投与しながら自然回復を待つというもので(そう記憶しています)、私もまたそうした治療方針の下、S大学病院の医師たちにすべてを委ねることになりました。
私の主治医は、Y先生というインターンの若い先生に決まりました。
S大学医学部出身だというイケメンのY先生は、やさしく微笑んで私にいろいろと話しかけてくれました。
Y先生は、懸命になんでもないふうを装っていました。
ですが口元に作るその笑みは、かなりこわばっていたことを、私は今でも覚えています。
●眠れぬ夜と息苦しさ
夜の9時になり、消灯時刻になりました。
しかしその夜も、やはり眠ることができません。
じわじわと、さらに息苦しさが増していました。
息を吸っても吸っても、十分な酸素が入ってこないのです。
まさか「ついに呼吸筋の麻痺が始まった」などとは思いもしません。
おかしいな、おかしいなと思いながら、病室の暗闇の中で、私は不安におののき続けました。
そして、深夜。
どうにも耐えられなくなった私は、ベッド脇の床に布団を敷いて眠っていた母を起こし、「苦しい」と訴えました。
母は「朝まで待てないか」とためらいましたが、待てるようなら母を起こしてなどいません。
ほどなく母も、私の状態が数時間前よりさらに悪化していることに気づき、慌ててナースセンターに駆け込むこととなりました。
夜が、動きました。
●「それ」
私はストレッチャーに移され、別の部屋に運ばれました。
部屋には誰もいません。
私のために、そこを使っていた患者は別の部屋に移されたらしいと、あとで知りました。
今夜からこの部屋をICU (Intensive Care Unit)――集中治療室として使うと、医師が母だか看護師だかに宣言しているのが聞こえます。
しかし私は、もうそれどころではありません。
誰か助けて。
苦しい。
苦しい。
呼吸が思うようにできなくなりつつありました。
気づけばいつしか朦朧とし始めていたことを覚えています。
そんなときでした。
医師や看護師がバタバタと出入りする病室の入口。
薄暗い廊下に何かが立っています。
よくは見えませんでした。
でもたしかに「それ」はいます。
裸足の足だけが、部屋から漏れる明かりに浮かびあがっています。
暗くてよく分かりませんでしたが、「それ」は微動だにせず立っていました。
周囲の喧噪などおかまいなしの、ひんやりとした佇まいで。
もしかしたらあれは、あの世とこの世の狭間にいたなにかだったのでしょうか。
●人工呼吸器、現る
いつしか、「それ」はいなくなっていました。
ぼんやりとかすむ私の目に、どうしていいのか分からずにオロオロと立ちつくす、憔悴した母の姿が見え隠れします。
私は思うように首を動かすことさえ、もうできなくなっていました。
やがて大きな音を立てて、部屋に機械が運びこまれました。
なんだこれはと、朦朧とした意識の中で私は見ました。
それは、人工呼吸器でした。
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