才能狩り
「きみには才能があるね」と彼は言った。 彼はこの界隈では有名な才能商だった。この世界では誰もが彼に才能があると言われたがっていた。その言葉を言われたいがためにみなあらゆることをした。
変わり種であれば才能があると思っている美大生。SMクラブで働けばいいと思っている大学生。それはもうすでに使い果たらされているというのに、才能があると言われるために血道をあげた。あげく風俗で働いているという子は才能を育てるためだ、と秘密めいた口調で言った。 彼女たちは才能を得るためにどんなことでもした。風俗に勤めるのはもちろん、危険地帯に足を踏み入れたり、道で喧嘩をしたり、合法ドラッグをやったり、酒浸りになったりした。人の道に外れることで才能が得られたりするわけではないのに。それでも彼女たちは才能を求めて繁華街をさまよった。
ある日、才能商がこの町にやってきた 。
彼女たちは体を売っていることや酒浸りを手はじめに、じぶんをアピールした。「才能があるね」と言われるために才能商に群がった。彼と握手をするためにカフェを二周する行列ができた。
才能商にはこの町に来た目的があった。
大きな鉱脈を見つけたのだ。エスプレッソを飲み終わると、彼女たちに見向きもせずに、店を出てまっすぐ美術家のアトリエに一直線に向かった。
ドアを開け、驚いている美術家の男に言った。
「才能があるね」
美術家はおののき、恐れた。才能商が声をかけたことで、才能商の札付きと思われることを恐れたのだ。才能商は食指を伸ばし、美術家の作品にぜんぶ「才能がある」という評価を与えた。
すぐに男の作品はツイッター上で話題になり、何十万リツイートもされた。商品も飛ぶように売れ、あげく数年待ちの予約がかかった。
美術家は思った。俺はオレの才能でやってきたのに。あんな商売人に目をつけられるなんて。心外だ。俺は、じぶんでやっていけたのに、と嘆いた。
才能商は美術家ばかりでなく、この家の家族全員に才能があると言い放った。妻も子供も。才能一家だとまで言った。家ごと、まるごとが才能商の今回の獲物だった。
才能商は傲慢だった。
自分が目をつけたものがぜんぶヒットすると言って憚らなかった。才能の片鱗だけやプロトタイプには反応しなかった。すでに話題になりはじめたものに目をつけ、「才能がある」というだけでよかった。新しいものをわざわざ探したりする必要はなかった。話題になりはじめたものは、自動的にツイッターに流れてくる。ツイッターに目を凝らしているだけで才能商の仕事はすんだ。
みな才能商に目をつけられたがっていた。
彼のおめがねにかなえば即ヒットするのは確実なことだったからだ。彼に目をつけられたいためにたくさんの人が彼の前に行列を作った。才能があると言われたいばかりに何時間でも何日でも並んだ。
才能商はますます傲慢になっていた。
「一声かければ、この世界にはヒットが生まれる」と思っていた。才能商を否定する人々は、世間がやがて本当のことを理解し変化することを望んだ。
変化はなかなか訪れなかった。世間は変化することを肉体的にも拒む生き物なのだった。
才能商はきょうも声をかけ続ける。「才能があるね」と。 才能商は気づいた。
この国の国王に声をかければ喜んでくれるのではないかと。あまりにも多くの人々が彼に声をかけてもらいたがっているので、ついにはそう思いいたったのだ。
国王は喜んだ。国王の横暴政治に反対する反乱派がクーデターを企てかねないとかねてから噂がたっていたからだった。
才能商は公に宣言した。
「国王には才能がある」と。
国王は慢心し国民に人気が出ることを望んだ。
クーデターは起きなかったが、国王の人気は出なかった。おかげで才能商はヒットメーカーではなかったと囁かれるようになった。
やがて才能商はただの人になった。
才能商は、じぶんを売ってくれる商人を探し回った。ついに、じぶん以外の才能商を探しあてた。急いで彼と話すために列の最後尾に並んだ。
行列はカフェを二周していた。
(了)