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合意管轄条項の真実

目立たない条項に潜むリスク

あなたは契約書のひな形をみて「ここはたぶん、こう書いておくものなんだろうな」のように、気軽な気持ちで読み飛ばしてしまったことはありませんか? 

特に、契約書の一般条項(様々なビジネス契約書等に共通的に用いられる条項)は、かなり「定型化」していますから、あまり深く考えなくても、それなりに契約書らしく見えるものです。

しかし、実は一般条項にも大きなリスクが潜んでいるかもしれませんし、典型的な条文であっても、なぜその条項が必要なのか、どうしてこのように規定したのかが明確になれば、より自信を持って起案できるというものです。

そこで、今回はビジネス契約書で頻繁に使われる一般条項のひとつとして、「合意管轄条項」について解説します。この条項の意義と機能を深く理解すれば、誰でも適切な契約書の作成と運用ができるようになるでしょう。


合意管轄条項の例

一般的な「合意管轄条項」の例は、以下のようなものです。

第○条(管轄)
本契約に関する甲乙間における一切の紛争は、〇〇地方裁判所をもって第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

条文の意義

合意管轄条項は、契約当事者間で紛争が発生した場合に、どの裁判所で裁判を行うかを、あらかじめ決めておく条項です。

紛争発生時の裁判所を決めるメリット

たとえばある会社が「取引先がどうしても代金を支払ってくれないから、裁判を起こそう。」と判断したとき、一体どこの裁判所に訴えることができるのでしょうか?

訴訟を起こせる裁判所がどこなのか? に関するルールを、訴訟の「管轄」といいます。原則的には法定されていますから、たとえば「被告の住所地の裁判所」に提起するなど、民事訴訟法等のルールに従い、裁判所が決まります。

ビジネス取引において、契約を締結した時点では、いつ頃どのような内容の裁判が起こるかは分かりませんし、ましてやどの裁判所で裁判するかなどはまったく不明ですよね。ただ、遠方の会社との取引などでは、あらかじめ裁判所を決めておくと、紛争発生時の諸々の手続きについて予測可能性が高まり、都合が良い面もあります。つまり訴訟になった場合の裁判所を事前に決めておけること自体が、合意管轄条項のメリットです。

ポイントは民事訴訟法の規定に従うこと

この条項を書く際のポイントは、民事訴訟法(民事訴訟の手続きについて定めた法律)です。民事訴訟法第11条は、以下のように規定されています。

民事訴訟法第十一条(管轄の合意)
当事者は、第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができる。
 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
 第一項の合意がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。

民事訴訟法第11条(管轄の合意)


上記の条文の、3つのポイントを説明します。これは合意管轄条項のチェックに必須の知識なので、ぜひすべて覚えておきましょう。

(1)合意できるのは第一審に限られること

第一項に「第一審に限り」とありますから、合意管轄条項では、紛争が発生した際の第一審(初めの裁判)を行う裁判所のみを指定することができます。(たとえば、いくら当事者が合意したとしても、「最高裁」を合意管轄に指定するなんてことはできません。)

(2)「一定の法律関係」に基づく訴えに限られること

第二項により、合意できるのは「一定の法律関係に基づく訴え」に限られます。「一定の法律関係に基づく訴え」ですから、逆に言えば「当事者間に起こり得るすべての紛争について合意する」みたいな、範囲の漠然とした書き方はできません。
よって、必ず「この契約に関する紛争」「本契約に関する甲乙間の紛争」といった程度に「一定」となるように定義をしなくてはなりません。ここはかなりミスの多い部分なので気を付けてください。

(3)書面で合意すべきであること

第三項により、管轄の合意は「書面」ですることになっています。法的には、口約束でも「契約は成立」するのですが、管轄の合意をする際には、この民事訴訟法の規定により口約束では認められず、契約書などの形で書面で合意する必要があるということです。
理由はもちろん、口約束だと、あとになって当事者が「あのとき(口約束で)合意したじゃないか」と主張しあって、水掛け論になってしまうだろうからです。

もっとも、この規定については「電磁的記録」も「書面」とみなすこととされていますから、電子契約やオンラインでの何らかの方法で契約した場合でも、書面として扱われます。実際は口約束のみで管轄を合意しようとすることはないでしょうから、ここはあまり心配いりません。

専属的合意とすべきこと

では合意管轄条項のチェックを練習してみましょう。
ある契約書で「甲は、A地方裁判所で訴訟することを合意する」と定めてありました。これは、合意管轄条項として有効でしょうか?

先ほどのポイントに基づいて点検すると、まず合意は「一定の法律関係に基づく訴え」に関してすべきなので、その記載が抜けていることが分かります。必ず一定の法律関係に基づく訴えについて規定するので、「本契約に関する紛争」などの用語を付け足すべきです。
もちろん、前後の記載や契約書全体の趣旨などから、こうした合意の意思が明らかになれば、セーフといえるかもしれませんが、そういう解釈が必要な時点でハイリスクです。

もう一つ、もっとわかりやすくミスしている点として、わざわざ管轄の合意をするのですからここは「専属的合意」という用語を使うべきです。
「専属的」、つまりその裁判所のみを指定するという意味です。たとえば料理の好みを聞かれたときも「魚がいい」と「魚でいい」とはニュアンスが違いますよね。A地方裁判所ならA地方裁判所のみに限定的に合意するのが「専属的合意」であり、その場合、それ以外の裁判所は原則的に認めない趣旨になります。
「A地方裁判所での訴訟を合意する」と書かれると、「魚でもいいや」と言われたようなもので、専属的かどうか見極められません。これは「付加的合意」といって、A地方裁判所でも、その他の裁判所でも訴訟してよい、という意味になってしまいます。

有利な土地での訴訟の選択

合意管轄条項は、自社の本店所在地を管轄する裁判所など、自分にとって利便性の高い裁判所を選ぶことで、裁判にかかる費用と時間を節約しようという思惑で活用されます。

同一都道府県内の企業同士が取引する際には、こうした条項はメリットは感じられませんが、たとえば、関東の会社と九州の会社とが取引する場合、地理的に離れているので、重要な条項となります。いうまでもなく、お互いに自社の所在地の裁判所を合意管轄にできるかどうかが、万が一訴訟になった場合の負担感や、実質的なコストを左右するからです。

現実的には、遠方の取引先との契約では、発注者の住所地の裁判所が合意されている例が非常に多いです。あるいは共同研究や業務提携といった、より公平性の認識が好まれる契約であれば、お互いの所在地の地理的中間地点で決着するという手法もあります。

ではふたたび練習問題を出します。
仮に、あなたが契約する際、取引の相手方が遠方の企業であり、契約書案をみると、あなたから見て遠方の裁判所が合意管轄に指定されていたとします。この場合、あなたはこの条項についてどう考えるべきでしょうか?

自社から見て遠方の裁判所を相手方から合意管轄に指定されて迷ったときの考え方


遠方の取引先と契約する場合に、相手方が合意管轄を提案してきたために自社にとって不利な管轄になったら、検討のポイントは2つあります。

(1)相手の指定した裁判所へのアクセス
(2)訴訟の具体的内容や性質(たとえばこちらから相手を訴えるのか、それとも相手から訴訟を起こされるのか)

(1)検討のポイント1 アクセス

実際どの程度遠方なのかを考えてみましょう。仮に、主要都市間ですと、理屈の上ではたしかに「遠方」でも、実は行き来にそれほど支障がない事(交通の便もさほど悪くないとか、その程度の距離なら普段から頻繁に出張している、など)もあり得ます。
もしそうであれば合意管轄は妥協して、相手に譲ってあげても、それほど大きなリスクが新たに生じるとは考えられません。

(2)検討のポイント2 訴訟内容

もうひとつは、どういう訴訟が予想されるか、そもそも訴訟自体の可能性がどれくらいあるかです。相手からの訴訟はともかく、通常の業務委託取引等で、自社が相手を訴えることになる可能性は、だいたい予測できるものです。ようは訴訟になる可能性自体が低いことが多く、それならば管轄を自社に寄せることに、そこまでウエイトを置く必要はありません。

たとえば自社が売主として同種の取引を大量におこなっているケースでは、多かれ少なかれ債権回収の問題があり、全体の数パーセント程度の割合で、訴訟が一定程度予想される場合もあります。この場合は契約上のリスクとして、管轄にもこだわる必要があると言えます。

ただし債権回収の場合、訴訟管轄地よりも、強制執行の対象となり得る財産が相手方にあるかどうか、あるとしてそれはどこにあるか(たとえば不動産などであればその不動産の所在する具体的住所など)の要素の方がより重視されるでしょう。合意管轄条項のウエイトは、案外相対的です。

契約書による管轄の合意が無効とされた最近の裁判例

「相対的」といえば、合意管轄について有効性を判断した最近の裁判例があるので紹介します。
一般家庭向けに消火器を提供している事業者が利用していたリース契約書において、事業者側に有利な管轄の合意を示した条項が無効とされたという事例です。(仙台高裁/令和3年(ネ)第150号、令和3年(ネ)第211号令和3年12月16日判決)。

ここで問題となった契約書においては「甲は紛争が生じた場合」「横浜簡易又は横浜地方各裁判所とする合意管轄を認めます」等の記載がありましたが、実際の顧客の多くが宮城県在住であったことや、営業の実態等から、こうした合意管轄条項が、合理的な理由なく消費者の利益を一方的に害する条項にあたるとして、消費者契約法第10条に基づき無効とされました。

原審では逆の判断だった
ちなみに上記は控訴審の判決であり、原審では逆の判断(無効ではないという判断)がなされていました。この理由として裁判所は「消費者は義務履行地である消費者の住所地を管轄する裁判所に訴えを提起することができる。」こと、仮にその訴訟を被告が(合意管轄条項の趣旨どおり)横浜地方裁判所等へ移送しようと申し立てたとしても、裁判所は「民事訴訟法第17条を類推適用して」、その申立てを却下できること、また、消費者が横浜地方裁判所等にて訴えられた場合でも、受訴裁判所がやはり民事訴訟法第17条を類推適用して「同訴訟を消費者の住所地を管轄する裁判所に移送することができる」ことを挙げています。

理由として、原審が、「甲は紛争が生じた場合」「横浜簡易又は横浜地方各裁判所とする合意管轄を認めます」等の契約書の記載を文理解釈(文字通りに解釈すること)したときに、一定の法律関係に基づく訴えに関して専属的合意管轄を定めたとまでは読み取れず、付加的合意にすぎないとみたためでもあると思います。

補足解説

この裁判例の合意管轄条項に関する教訓としては、2つのことが挙げられます。
ひとつは①まず合意管轄条項そのものの規定の明確さ(決して曖昧に規定しないこと)が重要であること。
もうひとつは②消費者契約の場合、その内容によっては、消費者の住所地や営業の実態からみて著しく遠方の裁判所を専属的合意管轄裁判所に指定する条項(民事訴訟法第4条及び5条が定める管轄に比べて、消費者が裁判を受けられる裁判所を限定する条項)として無効とされる可能性があることが分かります。

消費者契約法第10条
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)


契約書全体が無効となるか?
また、本裁判例は、問題となった契約書の他の条項についても詳細に判断しており、契約書に「いずれも前記のとおり消費者契約法8条又は10条により無効となる条項が多数含まれ」ていることなどを理由として「これら関連する契約条項が全体として一体のものとして、消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項となり、信義則に反して消費者の利益を一方的に害する契約条項となっている」と評価し、「消費者契約法10条により、前記契約条項全部が無効となるものである。」と結論しています。
つまり契約書の中の、問題が指摘された個々の条項のみを無効としているのみならず、もはや契約書全体が無効になってしまうという、かなりインパクトのある判断でした。
もちろん、裁判例にはひとつひとつ個別の背景があり、本例もあくまで契約成立の経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差、その他の広範な検討を含めた総合考量の結果でありますから、結論のみを切り取って定式化できるものではないことは付け加えておかなくてはなりません。

補足解説

まとめ


まとめると、合意管轄条項を設けることで、契約当事者間の紛争における予見可能性が高まるというメリットがあります。ただし、正確な条文表現が大切であり、また、裁判所の選択が、当事者の一方に極端に不利になる場合は、念のため条項の有効性についても注意が必要です。

実例に基づく推奨ひな形を多数ご提供しています。ぜひこの機会にあわせてご覧ください。


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竹永 大 / 契約書のひな型と解説
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