家族と契約【今後増えてきそうな契約】
”超”高齢化社会といわれる日本。僕のまわりでも重病で入院したとか、介護や認知症の話題が増えています。僕自身、若い頃はほとんど想像もできなかったけれど、年齢を重ねるにつれて体力の衰えや疾病リスクなどが、実感として理解できるようになってきました。。そこで、高齢化によって、今後ますます増えそうな「制度や契約」についてまとめます。
高齢化と契約
高齢になると、人は老化や疾病により心や身体の活動能力が衰えたり(フレイル)、いわゆる「認知症」で認知機能が衰えたりすることが、よく知られています。そして、「契約」とは「申込と承諾」という、当事者の「意思表示の合致」をいいます。つまり「契約」は正常な「判断能力」と「意思表示」があってはじめて可能です。
では、加齢や疾病によって判断能力や意思表示する力が失われたら、どうなるでしょうか? 「契約」ができなくなります。あるいは「判断能力」が低下すると、日常の契約や財産管理、各種の手続きもしにくくなるでしょう。そこで、そうなった人を支援するための契約として「後見」という制度があります。
代役が必要になる
人が老化などによってなんらかの「サポート」を必要とするときは、誰かが本人の「代わりに」判断や意思表示をしたり、なんらかの事務を代わりにつとめる必要がでてきます。契約をすることで、いわば代役を立てるわけです。この契約にもいくつか種類があります。
気を付けなければならないのは、個人の意思はその人固有のものだということ。万が一、本人が望んでいないのに「代役」に勝手なことをされたら、かえって本人の利益を損ねてしまいます。本人がどんな状態であれば、どのような権利を、どれくらい委任したり代理してもらったりできるのか(すべきか)は、大切な問題です。つまり、本人の利益を守りながら、必要な代役の機能が果たせるような制度の選択をしなければならず、そのためにも、契約の種類と特徴を知っておきたいですね。
「親が認知症になり、預貯金が解約できなくなったらどうしたらいい?」
代役の代表例は「後見制度」です。たとえば「親の預貯金が解約できなくなった」というような、いわゆる認知症等による「資産凍結」の問題に対応するものとして、後見制度はよく知られています。民法上の「後見」は、本人の代わりに後見人が契約や財産管理、手続などを行うことで、法律的に本人を保護する制度です。「法定後見制度」と「任意後見制度」があります。
「法定後見制度」が、すでに判断能力が不十分な人や、ほとんど判断ができなくなってしまった人に対応する制度(本人の判断能力の状態に応じて、「補助」、「保佐」、「後見」の三種類があります。)なのに対して、「任意後見制度」の方は、現時点ではまだ本人に判断能力があるけれども、将来の本人の判断能力の低下に備えてあらかじめ後見人を選んでおく、という制度になっています。
つまり「法定後見」は今すぐに後見人をつけるためのもので、預貯金の解約などで活用されているのはこちらの方です。もうひとつの「任意後見」の方はいわば「後見人の予約」みたいな制度です。「予約」ですから、契約締結時点では本人にもまだ「判断能力」があります。よって、その後実際に「任意後見」が開始するかどうかは(その方の判断能力がどうなるか次第ですから)契約締結の時点では分からないわけです。
法定後見制度の「評判」が悪い理由
ところで、よく週刊誌などで「後見人をつけたらひどい目にあった」「後見で後悔した」みたいな見出しをみかけることがあります。実は、法定後見制度には意外と”評判の悪い”側面があります。もちろん、後見制度の趣旨は本人の(財産の)保護にあるのであり、決して「悪い」ものではないと思います。しかし、たとえば「申立費用がかかる」「手続が面倒」「後見人への月々の報酬がかかる」「途中でやめられない」「本人の財産を(家族のためであっても)使えなくなる」などが、デメリットといわれています。
「後見制度」は、「家庭裁判所」によって厳格に管理されている制度です。誰が成年後見人になるかも、裁判所が決めます。「家族のためにであっても本人の財産を使えなくなる」という部分は、本人の財産が強く保護されるという意味では「メリット」でもあると思いますが、「後見人」とご家族との間のコミュニケーションがうまくいかなかったりすると、意見が対立してしまい、家族にとっては「使い勝手の悪い制度」に思えるのかもしれません。
ちなみに、成年後見人への報酬(月額数万円)は、成年”被”後見人(=つまり本人)が負担するものです。
親族も成年後見人になれる?
家族と後見人とのコミュニケーションを考えたとき、後見人が他人よりも身内の方がいい側面があるかもしれません。後見人は弁護士や司法書士などの専門家が多いですが、「親族」も「後見人」になることはできます。
成年後見制度の実態を知るために「最高裁判所事務総局家庭局」による「成年後見関係事件の概況―令和3年1月~12月―」をみると、まず補助、保佐、後見の「開始原因としては、認知症が最も多く全体の約63.7%を占め」ており、「主な申立ての動機としては、預貯金等の管理・解約が最も多く(32.9%)」、「成年後見人等(成年後見人、保佐人及び補助人)と本人との関係をみると、配偶者、親、子、兄弟姉妹及びその他親族が成年後見人等に選任されたものが全体の約19.8%(前年は約19.7%)となっている。」ことがわかります。
そして、同資料によれば「令和3年1月から12月までに認容で終局した、後見開始、保佐開始及び補助開始の各審判事件のうち、親族が成年後見人等の候補者として各開始申立書に記載されている事件の割合は、約23.9%である。」とあります。
つまり、申立時に親族が候補者だった割合もまた2割強ほどだということです。ようは親族が候補に挙がっていれば概ね選任されているみたいですね。立候補すれば、親族が選任される確率は高そうです。
つまり上記をまとめると以下のようになります。
”任意”後見は「本人」が後見人を決められる
では「”任意”後見契約」のほうはどうでしょうか? こちらは法定後見制度とは違い、本人にまだ判断能力があるときにする契約であり、自分の意思で後見人候補者を選ぶことができます。”自己決定の尊重”という意味で、望ましい特徴だと思います。原則として誰でも(もちろん親族も)任意後見人になることができます。
手続きはかなり複雑
とはいえ手続きはかなり複雑です。まず任意後見人の候補者を見つけて(申し上げた通り、親族でも知人でも専門家でも構いません)、その人と本人が「任意後見契約」を締結します。
この契約は「公正証書」でなければなりません(任意後見契約に関する法律第3条)から、公証役場で作成してもらう必要があります。さらに契約締結時に契約内容を「登記」することになっています(後見登記等に関する法律第5条)。ここまでが任意後見契約の「締結」に関する手続きです。
任意後見契約を締結しただけでは、「予約」しただけなので、具体的なことはなにも起こりません。その後、実際に本人の判断能力が低下した際には、「予約」の状態ではなく実際に後見を開始させる段階になるため、さらに一定の手続き(=「家庭裁判所への申立」や「任意後見監督人の選任」、その登記など)をする必要があります。
任意後見人は何ができる?
具体的には、(認知症などにより)後見を”スタート”させる手続きとして「申立人」が「任意後見”監督”人の選任の申立て」を、「家庭裁判所」に対して行います。「申立人」というのは「本人、配偶者、四親等内の親族又は任意後見受任者」です。この手続きによって「任意後見監督人が選任された時」から、任意後見契約の「効力が発生」します(言いかえれば、「任意後見契約の発効には任意後見監督人の選任申立てが必要」です。)。なかなか手続きの多い、特殊な契約だということがわかります。
では「任意後監督人」が選任され、いよいよ任意後見契約の効力が発効した場合、「任意後見人」はどんなことができるようになるのでしょうか? 冒頭で「代役」に例えましたが、任意後見契約によって、後見人はようするに本人から委託された事務の「代理権が行使できる」ようになります。
法的にいうと「任意後見契約」は、第三者に「法律行為」を委任する契約です。委任された人(=任意後見人、つまり受任者)は、本人を「代理」して様々なことができますが、具体的に何ができるのか(詳細な代理権の範囲)は、当事者間で決めたうえで「代理権目録」を作成し、契約書に添付することで確定させます。
具体例として、省令による「代理権目録」の様式をご覧ください。(以下は、これらを全部やるという意味ではなく、この中から選択して、必要な項目にチェックを入れて利用する様式です。)
結構、いろいろなことができるんだな、ということが分かると思います。ちなみに、上記様式は非常に網羅的で、代理権の範囲に漏れがないかをチェックするのには便利です。ただ、実際の契約の際にこのまま使用するには詳細過ぎるので、かえって説明や理解の負担が大きいかもしれません。実務上は、上記を参考にしながら、必要な項目のみ抜粋して記載する形の様式(第2号様式)があります。
任意後見契約では委任できない事とは?
本人の判断能力等の衰えに対応する、後見制度を概観してきましたが、これらの制度があれば万全なのでしょうか? 「任意後見人」は、上記のようにかなり広範囲の「法律行為」を代理できますが、逆にいうと「法律行為以外」のことを代わりにする権限はありません。たとえば「介護契約の締結の代理」ができても、実際に「介護をすること」を受任するものではありません。任意後見契約の範囲外となります。よって、これらは任意後見契約の範囲とは別に、親族などがすることになります。
ただ近年、いわゆる「おひとり様」と呼ばれる単身の方や、ご家族がいらっしゃっても絶縁状態だったりして、こうした後見制度の「範囲外の事務」を担う人がいないケースも多くなっています。その場合はどうしたらいいでしょうか? これらの事務は「任意後見人」にその「権限が無い」(そのため、「代理権目録」には記載できないし、記載したとしても効力はない)というだけであって、別に後見人を付けたらそれをするのが禁止されるとか、頼めなくなるという意味ではありません。よって、その必要が見込まれる場合は本人と任意後見人との間で、追加の「委任契約(見守り契約や、財産管理契約)」を締結することがあります。
この、「見守り契約」や「財産管理契約」は、任意後見契約とは別に契約してもいいのですが、「任意後見契約」を公証役場で作成する際に、その内容として委任事項を加えることより、これらの契約を任意後見契約と同時に締結することもできます。任意後見契約の作成を検討する際に、本人の家族関係などは把握できていると考えられますので、せっかくなら具体的な事情を見通して、委任事務を含めてセットで契約しておくべきか検討すべきでしょう。
本人の「死後」のことは遺言で決められる
ここまで、本人の(生前の)「判断能力」等をサポートするのが「後見制度」や見守り契約などの各種委任契約だという話をしてきましたが、これらは当然ながら本人が存命中の課題と対処法です。では、本人の「死後」に必要な手続きについてはどう決めればよいでしょうか? これはご存じだと思いますが主に「遺言」によって決めておくことができます。
「遺言」は「単独行為」といって、厳密には「契約」とは異なる行為です。本人が自分ひとりで一方的にその内容を決められるからです(契約のように相手方との合意がありません。)。ただ、目的は契約とよく似ていて、「遺言」すれば本人は自分の財産を誰にどれくらい譲るのかを(本人の意思で、ほぼ自由に)決めることができます。ただし本人が意思表示したから絶対にその通りになるかというと、意思表示することとそれが実現することとは厳密には別のことなので、その点は冷静にとらえたいところです。
「遺言」をしない方も、世の中には大勢います。よく巷では「財産が少なくても揉めることはある」とか「相続を争族にしてはならない」などと、遺言を強く勧める風潮がありますが、遺言にメリットがあるかどうかは個人が主体的に考えるべきです。「遺言」にも限界はありますから、過度に期待せず、むしろ一長一短があることは知っておくべきだと思います。
遺言はすべきなのか?
逆に「遺言」がない場合はどうなるかというと、本人の死後に「相続人」が民法に従って相続(法定相続といいます。)の手続きをしなければなりません。これには「遺産分割協議」という、相続人同士の「会議」による、全員の同意が必要になります。「全員の同意」というところが大変なところです。つまり、なかなかまとまらなかったり、意見が合わずに揉めたりすることがあります。よって、相続人が多い場合は「遺言」があった方がよい、と言われるのは、こうした会議をしなくても「遺言書」どおりに手続きができるからです。それはその通りですが、とはいえその「遺言書」の内容に不満がある相続人がいれば、結局は揉めるに違いありません。
ようするに「遺言」をするべきかどうかは、その「目的」によります。あらかじめ相続人の都合を聞いてそれに沿った内容にする(相続人にとっては結論が同じなら、遺言により手続きがスムーズになる)とか、あるいはご本人にとって「遺言」した方が「自分の心が落ち着く」などの明確な目的があればしたほうがよく、確たる目的が見当たらないときはしなくてもよいものだと思います。ただ、ひとつはっきりといえることは、もし作るのであれば早い方が良いということです。遺言は判断しなければならないことが多いですし、そもそも資産の棚卸(たなおろし)はかなり面倒で、かつ正確でなければいけませんから、結構エネルギーが要ります。作らなくてよいなら忘れる、作るなら元気なうち、がおすすめです。
死後事務委任契約とは?
先ほど、任意後見契約には範囲外の事務があるといいましたが、「遺言」にも範囲はあります。「遺言」は、主に、本人の財産(遺産)を死後にどうするか(誰に何をどれだけあげるのか)を決めておくためのものです。より詳しく言えば、遺言書に記載することによって法的効力が認められる事項は、法律で明確に決まっています。これを「遺言事項」といいます。もし遺言書に「遺言事項ではないこと」を書いても、遺言としては有効になりません。書いても無効です。そこで「遺言事項」にはどんなものがあるのかを、具体的に見ていきましょう。
「遺言事項」はたくさんあるように見えて、ようするに「相続」に関することや「身分関係」のことがほとんどですよね。
それぞれ重要な事ですが、亡くなった方の各種公共料金の精算や、葬儀、埋葬に関することは含まれていません。つまり葬儀などのいわゆる身辺整理や遺品整理に関することは「遺言事項ではない」ため遺言に書くことはできません(「付言」と言って、法的効力はないことを承知の上で、遺言書に書くこと自体は可能です。)。こうしたことはご家族がやれば済むことではありますが、ご家族がいらっしゃらないとか、疎遠になっている方などには死後の事務を頼んでおきたいニーズもあります。そこで、残っている債務の支払や、葬儀の主宰、埋葬、供養、片付け、相続財産管理人の選任の申立てなどの事務を依頼することを「死後事務委任契約」といいます。
ですがたとえばの話、”おひとりさま” などで、葬儀をやってくれそうな人に心当たりがない方は、誰かに自分の死後の事務を頼んでおきたい場合があります。そこで、「遺言事項」”以外”の、こうした事務を人に頼んでおくことを「死後事務委任契約」といいます。
死後事務委任契約は、なぜ有効?
そもそも、生前に死後の事務を委任する契約は、有効なのでしょうか? まず「委任契約」は民法の規定により、委任者または受任者が死亡すると終了します(民法第653条)。先ほど紹介した「任意後見契約」も「一種の委任契約」ですから、本人の死亡により終了することになります。ゆえに、本人の死後に契約上の事務をすることはできません。ただし民法653条の規定は「強行規定ではない」と考えられている(=契約で別の定めをすることもできるとされている)ため、特約で本人の死後の事務を目的とする委任契約をすることが可能です。よって実務上は、本人が「死後の事務の処理」を誰かに頼みたい人と「死後事務委任契約」を締結すれば(民法第653条の規定にかかわらず)、本人(委任者)の死亡によっても委任終了はせず、有効に対処できるのです。
とはいえ、委任者が死亡した後に行われる事務についての契約なので、その内容は慎重かつ具体的に決めるべきです。たとえばあまりにも実現が難しすぎたり、曖昧だったりする内容や、あるいは「遺言と異なる内容の定め」は受任者を困惑させ、結果的に履行できないことになりかねません。さらにもうひとつ、死後に効力を発揮する契約の例としては、「死因贈与契約」という契約があります。
死因贈与契約とは?
「死因贈与」とは文字通り、本人の「死後に」財産を「贈与する」契約です。つまり「死んだらこの財産をあげます(贈与します)」という約束ですが、亡くなった後に特定の人に財産が渡る、ということでは「死因贈与契約」も「遺言」も同じ効果があります。では「死因贈与」と「遺言」はどう違うのでしょうか? 自分の意思だけで決められる(単独行為である)「遺言」と違って、死因贈与契約は「契約」ですから、当然、相手方(財産をもらう人=受贈者)との合意が必要です。つまり双方向のやり取りとなり、お互いの合意を確認して行うところが「遺言」とは違います。絶対ではありませんが、死因贈与契約の方が、「遺言」よりも履行が確実な感覚はあります。(ただし契約も、撤回の可能性は残ります。)
条件付きで財産をあげることも”契約”できる
死因贈与契約にある種の「交換条件」を付けることもできます。たとえば「”介護をしてくれたら” 死因贈与します」という意味の内容で契約することができ、これは「”負担付”死因贈与契約」と呼ばれています。受贈者が負担を履行していれば、原則として解除できない契約とされていて、より「確実性」のある贈与の方法といえそうです。
こういうことは「遺言」ではできないのか? といえば、似た効果を生むものとして、同居や介護をしてもらう相続人に、有利な遺言を遺して、それを生前から伝えておくことで「負担付死因贈与」に近い状況になります。あるいは「負担付遺贈」といって、「遺言」によって一定の債務とひきかえに「遺贈」するという定めもできます。
結局、どの契約がベストなの?
さまざまな制度や契約を紹介してきましたが、簡単にまとめますと、生前に認知症や疾病などにより判断能力が衰えたりした方のために「後見制度」が活用されることと、後見の範囲外であるために代理できない事務については各種の「委任契約」がカバーしうることがわかりました。また、死後における自己決定の尊重として「遺言」があり、これも「遺言事項」以外のことについては「死後事務委任契約」等が活用できることがわかりました。
人生の最終段階においては、周囲が本人をサポートしたり、本人があらかじめ意思表示を書き遺しておいたりすることで、本人の自己決定権や財産を守ることができます。また、ご家族にとっては「預金の凍結を防ぐ」といった実際的なニーズもあって、ここに、後見制度の存在意義があります。
ただしあらゆる事態に備える完璧な方法は無く、そもそも法律だけが解決の手段とはいえません。結局、本人の心身の状態や財産的な問題にあわせて選択して、上手に組み合わせて活用していくべき問題だと思いますし、制度の方もまだ進化しなければなりません。
最近新たに「信託」による手法が提案されるようになりました。「信託」は、上記の契約や制度の性質を併せ持ったような、あるいは「遺言」や「契約」ではできなかったことができるようになったりもするという、カードに例えるならまるで「ジョーカー」みたいな制度です。あなたも「家族信託」とか「民事信託」という名称を聞いたことがあるかもしれません。信託法の改正によって可能になった、比較的新しい方法です。そこで最後に「信託」の基本的な部分を説明して、今回の情報のまとめにしたいと思います。
家族信託ってなんだろう?
「家族(民事)信託」とは「特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすること」と説明されます。信託された財産は登記され、「委託者」からも「受託者」からも独立した「信託財産」という、別個の、隔離された資産となります。隔離したうえで、あらかじめ設定した目的に従って、受託者が管理又は処分を行います。
実際にはかなり複雑な制度ですが、入門用の簡単なイメージとしては、
「お母さんが子供のお小遣いを預かります。そうすることで、いろいろな意味で安心してお小遣いが管理されるようになって、たとえば「塾の月謝」などのあらかじめ話し合って決めた目的に使われて、結果としては子供のためになります。」みたいなしくみです。
このように「家族信託」をごく簡単にいえば、ある財産をまず完全に分離して、契約などによって具体的な目的を設定し、上記のようなプレイヤー各自の役割分担をつくることにより、「受益者」のために管理してあげられるしくみだ、といえます。この実に面倒くさいしくみを最初に組むことによって、他の方法にはできなかった独自の財産コントロールが可能になるため、信託という手法が注目されはじめたのです。
家族信託が流行る理由は?
単純にいえば以上のようなしくみなのですが、現実には登場人物を増やしたり、条件を付け足したりすることで、家族信託には多くのバリエーションがうまれます。活用目的も様々です。たとえば将来的に認知症になるかもしれない(と本人や家族が心配している)親がいて、その親がなにか財産(現金や不動産など様々な財産が考えられます)を持っていたときに、この財産を「信託財産」として分離すれば、仮にこの親が「認知症」になったとしても、資産凍結などはされずに、「受託者(たとえば子供)」が管理し続けられます。「管理」とは、定期的な生活費の支出のこともあるし、収益不動産に関する事務のこともあります。つまりその財産の使い方や管理の仕方も、ケースバイケース、自分たちで決められるというわけです。
今回のテーマに合わせて言うなら「家族信託」は、高齢、疾病、障害などにより、何らかのサポートを必要とする親など(=委託者)が持つ財産を、信頼できる誰か(=受託者)が代わりに管理してあげられるようにする手法ともいえます。前述の「後見制度」にあったような「家庭裁判所の関与」も必要なく、そもそも契約目的を委託者が具体的に決めてから開始するため、財産を不本意に運用されたり管理されたりして後悔する、といったリスクも下げられます。
信託の最大の特徴は、そうすると決めた財産を委託者からすっぱりと切り離して、受託者に管理させられることにあります。自分の財産でありながら信託財産という特殊な枠に入れることで、仮に委託者が認知症などになり意思能力を喪失しても、いわゆる凍結を回避することができ、受託者による管理は継続できます。
スキーム選択は慎重に
「家族信託」は財産の管理や運用を、自由に設定、設計できる、応用範囲のとても広い契約です。逆に言えば「こういうのが家族信託だ」という単純なモデルを示すのが難しいしくみともいえます。いろいろな契約があるなかで「家族信託」はすべてにおいて理想的な方法なのでしょうか? たしかに使い方によっては認知症対策として画期的な側面があることは事実です。認知症になってしまうと理論上、自宅を売ることも、新たに契約することも、遺産分割協議に参加することもできません。たとえ本人に有利な内容の手続きであってもできなくなります。これは本人にとっても、周囲にとっても財産管理上の大きなリスクとなり得ますから、ここに手を下せる手段は多く知っておくほうが良いでしょう。
とはいえ、とにかくケースバイケースです。そういう場合もあれば、そうでない場合もあります。信託が最近注目されているからといって飛びつきたくなる方もいらっしゃるかもしれませんが、複雑な手続き(公正証書化や登記など)が必要なため、報酬を得てアドバイスをする銀行や専門家もいます。ただ、まずは複雑なスキームをきちんと理解できるのか、自分の目的に照らして本当に信託でなければできないことなのかは、冷静に確認すべきだと思います。
蛇足ですが、相続関連のサービスは比較的大きな金額のお金が動くために、この「市場」に参入したい業者もたくさんいます。市場が過熱すればある程度はポジショントーク、セールストークも必要となり、特定の手法こそがあたかも理想的な手法であるかのように提案される可能性はあります。未来への漠然とした不安につけこみ、複雑な手法を、まるで一切を解決できるかのように言いくるめる話には、くれぐれも注意してください。どんな契約をするときも、自分(と自分の家族)が何を重視するのか、まずはその目的を明確にすることが第一だと思います。心配していたことも、実は簡単な「遺言」で十分だったりするかもしれません。人生観も事情も人それぞれです。ご自身に本当に合った対応をとりたいですね。
なにか少しでも参考になれば幸いです。