「彼氏が蛇をおいていった」27
目覚ましのアラームよりはやく起きた。汗を我慢できなかったから。
冷房をつける。思っていたより、あたまはすっきりと澄み渡っていた。
なんで消して寝たのだろう。舌と喉がベタベタと、粘度の高い唾液で張りつくようだ。
台所で、冷蔵庫から麦茶の瓶をとってじかに飲む。空っぽな胃に、出したての麦茶は冷たすぎた。
息をつく。麦茶の残り香が鼻から抜けていく。
そこでハッとした。臭く、ないのだ。
シンクの上を見る。昨晩、放置したはずのマウスが跡形もなく消えていた。しまい忘れた食紅の容器と先の赤く染まったつまようじだけがぽつねんと残されている。
「そんなはずない。いなくなるなんてこと――」
ありえないとわかっていながら、まわりをきょろきょろと探してしまう。
そして見つけた。冷蔵庫の横。洗った皿なんかを立てかけておく水切りカゴに。
いた。蛇が。
あんなにくりくりとしていてかわいらしいと思っていた瞳が、木の洞のように不気味で、底が知れない。カゴの網目にからだを巻きつけて、じっとわたしを見ていた。
そのお腹が、ゆるやかに膨らんでいる。
「うそ。食べたの」
わたしを。
わたしの名前が書きこまれたマウスを、蛇は食べたに違いなかった。
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