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具のないすまし汁

 この話、詳しくは闘病備忘録で後述することにして、記憶が新しいうちに心境のみ書いておこうと思う。

 皆さんは口からものが食べられなくなったことがあるだろうか?僕は最近まさしくこの状況に陥ってしまい小腸のバイパス手術を受けた。
手術前の説明は起こりうる悪い症状のことしか聞かされない。僕の場合、保険のために小腸に穴を開けて管を通しておくという説明があった。すなわち上手く胃から腸へ食べ物が通らない場合、そこから栄養を入れるという。一生、口からものを食べられないかもしれない、言い方を変えればそういうことだ。実際、術後はしばらく絶食絶飲で点滴と合わせて設置した腸ろうから薬と栄養を入れていた。
幸い術後の透視検査で細々と胃から腸へ造影剤が落ちるのが見えた。先生もほっとしたのだろうか、とても嬉しそうな顔をしていた。
それから何日かして初めての食事が出ることになる。食事といっても重湯50gとすまし汁だ。まず重湯を一口、そして次に具のないすまし汁…。

 すまし汁を一口啜ったときに不意に涙が次から次へととめどなく溢れて止まらなくなった。「美味い」世の中で一番美味いんじゃないかと思った具のないすまし汁、僕は一生このときの気持ちを憶えていることだろう。
それと同時に出るべきものが本来の場所から出ない人、あるいは口からものが食べられない人の気持ちが少しだけわかったような気になった。しかし同時に実際そういう状況に自分がならないと心境は絶対にわからないなと思った。

 テレビをつければグルメ番組、SNSには美味しいものを食べてきた記事、何処の何が美味しいと聞けば行列に並ぶことさえ厭わず…。世の中にはそんな情報が溢れている。僕は幸いこちらの世界に帰ることができた。ただし、それは神様がくださった束の間の時間かもしれない。もしそうだとしたら…、今、この時間を大切に生きよう。口からものを食べられる幸せを噛みしめながら…。

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