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海に眠るダイヤモンド

 最近、「海に眠るダイヤモンド」という長崎県端島、通称軍艦島を舞台にしたドラマが放映されていて楽しみに見ている。このドラマの時代背景は僕が生まれる少し前の端島と、現代の都会に生きる人々の描写だが、ここでは昭和の話を少ししようと思う。
 ドラマの時代よりも30年ほど後、写真を見ると83と書いてあるので1983年、つまり昭和58年の夏に僕は大学の仲間と3人で同じ長崎県の海上に浮かぶ島の海底炭鉱へ実習に行って来た。正確にいうと、松島炭鉱池島鉱業所という、端島から少し佐世保側にある小さな島の炭鉱だ。僕たち3人の他に九州大学から二人、北海道大学から一人というメンバーで、1週間、2週間だったかな?の実習が始まった。なぜここを選んだかというと、滞在中は食費がタダ、実習終了時には給料も頂けるという、貧乏学生には夢のような待遇だったのに加えて、休みの日には長崎観光ができそうな地理的位置だったからだ。宿舎はドラマに出てくるような高層アパートの一室だった。島の構造というか住んでいる人の構成も炭鉱作業員とその家族、そしてそれらの人の業務を管理したり、日常生活を支える人たちで最盛期には7000人を超える人達が住んでいたという、まるでドラマの設定と同じようなものだった。
 僕たちは実習生なので、直接採炭に従事することはなかったが、採炭の切羽までは何度も降りて作業の様子を勉強した。季節は夏、海に囲まれているせいか地上は蒸し暑く、おまけに事務所にはエアコンもなかったが、海底下700mの坑道にはエアコンが設置してあり湿気はすごいものの地上より涼しかったのを憶えている。坑道は立坑から枝分かれした水平坑道が無数にあって採炭の行われている水平坑道にはトロッコ電車が走っていた。切羽まで行くにはまず立坑のエレベーターに乗って目的の高さまで降りる。そのエレベーターの速度がすごく速いので降りるまでに3回は息抜きをしなければ耳がもたない。エレベーターを降りたら今度はトロッコ電車だ。水平坑道の天井には何メートルか毎に水を溜めた袋のようなものが設置されており、いざ炭塵爆発のときには被害を最低限に食い止める工夫が為されている。粉というものは条件によっては小麦粉でも爆発することがある。ましてやここは炭鉱、炭塵はいたるところに存在する。もちろん火気厳禁、タバコの所持は入坑のときに厳しくチェックされ、トロッコ電車も動力はバッテリーだ。そんな場所に毎日降りて作業する鉱夫は地上に上がってきたときには目と歯だけ白くてあとは真っ黒、これが風呂から上がったときには透けるように肌が白い。昼間は日に当たらないからだ。しばらくは初めての体験でもあり、そんな様子を興味深く眺めていた。
 困ったのは夜である。遊びたい盛りの男子が夜することがない。仕方がないので島の中を散策してみたりもしたが、狭い島内、すぐに飽きてきた。娯楽施設はもちろん存在する。ガラガラッと木造の引き戸を開けたら2レーンしかないボウリング場があったり、おそろしく釘の渋いパチンコ屋があったり、たぶん呑み屋もそれなりにはあっただろう。面白かったのは走り屋仕様のハイソカーが爆音撒き散らしながら島の端から端まで3分もかからないような道を往復していたことだ。今思えば彼らの気持ちもわからないではない。そこそこ給料が良くて使う場所がない。だからみんな結構金は持っている。仕事はある意味命懸けの仕事なのに気持ちのはけ口もない。だから鬱憤ばらしの暴走…。取り締まる警官もいない。本土で生活している僕たちは、余計に鬱憤が溜まりそうだなと思ったものだ。短期の実習だから島での生活からはすぐに開放される、それが分かっているからこそ、この単調な暮らしも我慢できたのだろう。それでも最初の休みには我慢できずに長崎の街へ観光に出かけた。島から見れば大都会のような街を歩くだけで心が開放されたのを憶えている。
 この炭鉱も他の炭鉱と同じく何年か後にはその役目を終える運命が待っていた。島民も閉山の気配は感じ取っていたのだろう。閉山後には海外に技術を伝えるという使命があったらしいが、その後のことを僕はよく知らない。この実習のことは忘れたわけではないけれど、それほど強烈な印象もなく、ただ若いときにこんなことがあったなぁというくらいの感覚でふだんは記憶の端っこに眠っている。
 最近、そう言えば…、と思い立ってネットで検索してみると、池島のツアーがあることを知った。機会があれば行ってみたいなと思うが、なかなかそんなチャンスもなく、たぶん今の体力では無理だろうと思う。そんなときにこのドラマが始まって場所や時代背景は多少違うものの懐かしく、興味深く見ているというのがこの文章のオチなのだ。
 ついでに言うと海抜3000mの場所に行ったことがある人は大勢いるだろうけど海底下700mのところに行ったことがある人はそうそういないだろうというのが、僕のちょっとした自慢でもあるわけだ。

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