ブドウ畑でワインを飲もう 後編
新しい畑で作った最初のワインだというのにこのインパクト。見たい、ぜひ作っている所を見たい。しかし私の住む高松から八戸は遠い。飛行機でなら八戸最寄りの三沢空港に高松空港から行くためには羽田空港で乗り換える必要があるし、鉄道を乗り継いでいくならなんと8時間近くかかる。もはや海外である。むしろ1時間半でいけるソウルの方が断然近い。だが幸運にも八戸青年会議所の皆さんが八戸に行く機会を作ってくれた。これは何としても行くしかない。行こう!
泥棒を見て縄をなえ!
ということで2021年10月18日に高松からなんだかんだで丸一日かけて青森県南部町にある農業法人はちのへヴィンヤード 南部すみやまヤードに到着する。早速仕掛け人である庭勝也氏に経緯を聞いてみる。経緯としては以下の通り。
1、まず、青年会議所のメンバーとOB5人で、実際にまちづくりをする会社を作る(いいね!)
2,稼ぎがないと続かないので、ビルを買って経営することにする(ん?)
3,ビルを買ったらその1階に八戸唯一のワイン専門店が入っていて、そこも引き取ってくれと言われて、引き取る(え?)
4,ワイン専門店の売上が残念な感じだったので、まず営業をかけて売上を3倍にする(む!)
5,それでも儲からないので、卸もやろうということで卸の免許と貿易の免許を取ってみる(お!)
6,卸免許を取ったが、卸すものがない…(はい?)
7,なら自分たちで作っちゃえ、ということでワインを作ることにする(ほう)
8,ワイン作るなら畑からでしょ、ってことで畑を耕し始める(おおお!)
まったくもって、泥棒を見て縄をなうとは、このことである。話を聞いていて、いちいち声が出てしまう。
だがこれは、実に素晴らしいことである。
大抵の事業の始まりは泥縄である。泥縄を続ける気力と覚悟のある者だけが生き残れるのだ。普通はやろうと思ってもポンポン次の手が出てくるものではない。青年会議所で培った行動力と計画力とネットワークがあるからこそ可能なのであろう。
ブドウ畑でワインを飲む
はちのへヴィンヤードのワイン畑はすり鉢状の斜面に整然と並んでいる。収穫が終わった直後で残念ながらブドウを見ることはできなかった。根市氏いわく、収穫も終わり、ちょっとほっとする季節なんです、とのことである。確かに、まだ若いブドウの木たちは、一仕事終えてそろそろ冬の準備をするか、といった風である。
よく手入れされた畑の先には、今っぽく太陽光パネルが見える。根市氏いわく、太陽光パネルがあると虫が減るそうだ。太陽光を反射してキラキラしているのを無視が嫌うからだという。一見農業と何の関係もなさそうな太陽光パネルがさりげなく役に立っている所が面白い。
ブドウ畑を作っている根市氏(彼も青年会議所メンバーである)は外国のぶどう畑で修業をしたそうで、畑にも色々なこだわりがある。支柱の立て方、畝の作り方等々、こだわりが各所に見られる。どんどん高齢化が進み地元で昔から作られていたぶどうの品種が減っていく中で、この土地に合うブドウでワインを作りたいんです、と根市氏は言う。もちろん、成功ばかりでなく失敗もある。だが、失敗を乗り越えてこそ成功も期待できるというものだ。3年以内に賞を取るんです!とはにかみながら言う姿がかっこいい。
残念ながら私はワインの専門家でも何でもないので、土の味を見たり、木の枝ぶりを見たり、匂いを嗅いだりすることはない。かっこつけても何もわからない。そんな朴念仁な私のために、根市氏がクーラーボックスからおもむろにワインとグラスを取り出し始める。おお、ここでワインを飲むのか!ブドウ畑でそこで育ったワインを飲む。何と贅沢なことであろうか。
クーラーボックスからは瓶が4本出てくる。一本目は、青森ナイアガラ2020である。ナイアガラも古くから育てられている品種で、いい香りがする。北海道産のナイアガラが有名だが、青森でも育てているらしい。香りをかぐととても爽やかで甘い香りがする、ワインっぽい香りではなく新鮮なブドウをほおばるときのあの香そのままである。そして口に含むと、「甘口」と書いてある通りただただ甘い。根市氏のおすすめはこの青森ナイアガラを、八戸の地元のサイダー「みしまバナナサイダー」で割ったカクテルである。早速みしまバナナサイダーを入れると、これが実に面白い。香りはブドウなのに口に含むとバナナの味(?)がする。甘いワインに、甘いサイダーが入って甘い尽くしなのになぜかすっきりと飲める。実に不思議だ。
二本目は、前編でも紹介した青森スチューベン2020。相変わらず恐るべき飲みやすさである。秋風がさわやかに吹くブドウ畑でワインを味わっていると、実に幸せである。味覚とは舌だけで感じるものではない。三本目には、これも前編で紹介したキャンベル・アーリーで作られたNANBU TIMES2019を頂く。根市氏によれば、ブドウだけでなくワインを醸造するための酵母にもこだわっているそうで、このワインの酵母には味噌由来のものが入っているそうだ。前回飲んだ時の不思議な後味はこれだったのか、と実に納得がいく。日本食にも合いそうである。
ブドウ畑は難しい
経営的にはどうなのか、と言うと、現在の畑ではいいとこ2000本程度の出荷量で、全部売れても赤字だそうである。将来的には6000本程度作ってやっと安定するとのことだ。もちろん病気などもあり毎年完全なブドウが取れるとは限らないことを考えると、ブドウ畑の経営の難しさを思い知らされる。
だが、そんな難しさをよそに、庭社長は今度は青森のリンゴでシードルを作りたい、と夢を語る。日本一のリンゴの産地である青森だからこそできるシードルと言われると、心配をよそにとても飲んでみたくなる。私は家ではビールよりシードルを飲むのが好きなのだ。しかしよく考えたら、収穫が保証されていないブドウだからこそ、他の酒類にポートフォリオを広げていくというのは、ある意味当然なのかもしれない。泥縄を続けて捕まえた人は天使かもしれない。新たな挑戦を続ける皆さんに心からエールを送りたいと思った。