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知られざる太平洋戦争のドラマ⑦

ソ連戦車を圧倒した九五型軽戦車「ハ号」の勇姿

ソ連軍と日本軍との国境紛争「ノモンハン事件」

現在でも評価されている旧日本軍の航空機や海軍兵器と違い、陸軍の戦車はとにかく軽視されやすい。しかも、対戦車戦を想定した強力な戦車を保有した欧米諸国と違い、当時の日本は戦車を歩兵支援用としか考えない将校が多かった。
日本陸軍は最後まで低性能の戦車しか持てず、米英戦車に苦戦し続けたのはまぎれもない事実だ。しかし、そんな日本戦車が活躍した戦場もあった。
その戦場というのが、中国戦線や太平洋戦争開戦初頭のマレー半島。そして、日ソの衝突として知られる「ノモンハン事件」だ。
満州国の建国によって日本はソ連・モンゴルと地続きになり、国境線に関する外交問題でたびたび衝突した。1938年までに満ソ国境沿いで起きた紛争は約160回を超え、関東軍は「満ソ国境紛争処理要綱」にしたがい、満州の軍事力を増強する。
翌年5月11日にハルハ河近辺で満洲国軍とモンゴル軍の国境紛争が発生すると、関東軍はソ連撃退に向け部隊を派遣。これによって発生したのがノモンハン事件である。

主力となった軽戦車「ハ号」

歩兵部隊による初戦は敗北に限りなく近い引き分けに終わり、関東軍は再戦に向けて戦車部隊の投入を決定する。しかし最新型の九七式中戦車は4輌しか用意できず、主力となったのは九五式軽戦車、通称「ハ号」だった。
ハ号は1935年に正式化された戦車であり、「軽戦車」の名称が表すように、軽量な車体と高速性が最大の特徴だった。
海上輸送をスムーズにするため重量は約7.4トンにまで軽量化され、ディーゼルエンジンの採用によって250キロの距離を時速約40キロもの速さで走行が可能。しかし、軽量化のせいで装甲厚は約12ミリと極めて薄く、それでも信頼性の高さが評価され、完成から太平洋戦争の終戦までの生産数は2378輛を数える。
これは日本陸軍戦車の最多記録であり、事実上の主力戦車として戦線を支えたのである。

「惨敗」ではなかったノモンハンでの戦い

1939年6月27日、関東軍のタムスク基地爆撃で第二次ノモンハン事件が起きると、日本陸軍は約22000人の兵力と約73輌の戦車をようする戦車第三、第四連隊をハルハ河に派遣。「ハ号」は戦車第四連隊の主力として35輌が投入され、事実上の主力戦車として活用されることになる。
この戦いで、定説では日本の戦車隊は5万人をこえるソ連軍に惨敗したとされてきた。確かに、事件が日本の敗北で終わったのは否定できない。だが最近の研究によると、日本側もソ連にかなりの損害を与えたことが判明している。
もちろん、戦車部隊も例外ではなく、「ハ号」も同様だ。
そもそも、ノモンハン事件でのソ連軍主力戦車「BT-5」は装甲厚が15ミリしかなく、新鋭の「BT-7」でも20ミリ装甲だった。つまり、日本軍の火器や戦車でも十分に対応可能だったのである。

夜闇と雷雨に乗じた戦車部隊の奇襲攻撃

戦車隊初の活躍は7月2日。この日にハルハ河へと到着した戦車部隊は、第四連隊の連隊長・玉田美郎大佐の指揮で、15時頃よりソ連陣地に攻撃を仕かける。おりしも、この日は猛烈な雷雨がつづき、ソ連兵からは日本軍が見えにくい状況になっていた。
そうなると取るべき手段はひとつ。陸軍お家芸の奇襲戦法だ。
玉田は日の入りまで待ち、河沿いの敵陣地が夜闇に沈んだのを見計らって「ハ号」を中心とする戦車部隊を突撃させる。戦車の爆音が雷雨でかき消される、という予想は見事に的中。「ハ号」はその快速性でソ連兵を散々に蹴散らし、翌日の小松原兵団の渡河をあと押ししていた。
また、戦車戦においても連絡保持の徹底による連携戦法やソ連戦車の練度不足、そして対戦車砲と歩兵部隊による援護に助けられ、参戦当初の戦車部隊はかなりの活躍を見せていたのである。

倍近い死傷者を出したソ連軍

ただし、この活躍も当初の話だ。
そもそも、ソ連の戦車数は日本を何倍もうわまわり、最低でも400輌はくだらなかったという。たった73輌しかない日本軍ではいくら奮戦しても限界があり、日本の戦車部隊はわずか3日で半数が大破。関東軍司令部は7月7日に戦車の引きあげを決めてしまい、「ハ号」の活躍は三日天下で終わってしまう。
こうして、早々に戦車が引きあげたことで、ノモンハン事件でソ連戦車を撃破したのは対戦車砲となってしまった。
だが初戦だけとはいえ、軽装甲の「ハ号」がソ連軍を圧倒したのは間違いない。戦車隊の撤退後も日本軍は善戦をつづけ、負けはしたものの、かなりの損害をあたえている。
事実、第一次、第二次合わせた日本軍の死傷者が1万7364人なのに比べて、ソ連は2万4492人。戦車も200輌以上を失い、倍近い損害を受けていた。
惨敗のイメージ強いノモンハン事件だが、実際には「ハ号」や将兵の奮闘でかなりの戦果をあげていたのだ。

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