知られざる太平洋戦争のドラマ⑰
大空のサムライ・坂井三郎が戦った南方・ガ島航空戦
太平洋戦争緒戦の最強航空部隊
台湾で発足した戦闘機隊である台南航空隊(以下台南空)は、開戦初日のフィリピン攻撃を皮切りに南方各地で活躍。ガダルカナル戦ではラバウル航空隊の主力として連日激戦を続けた、まさに海軍のエース部隊だった。エースと呼ばれる凄腕も数多く在籍し、その中で最も有名なパイロットといえば「大空のサムライ」と呼ばれた坂井三郎中尉だろう。
坂井は、戦艦の乗組員から勉学を重ねて戦闘機パイロットになった経歴の持ち主である。 台南空では真珠湾攻撃に呼応したフィリピンのクラークフィールド基地空襲でアメリカ軍機を1機撃墜、「B-17」爆撃機を日本戦闘機隊で初めて撃墜するといった功績をあげて、着実にエースへの道を歩んでいく。
そして南方作戦が一段落した1942年3月、部隊の一部がニューブリテン島のラバウル基地に移転するに伴い坂井も着任することになった。
多くの戦果を挙げた坂井三郎の優れた能力
オーストラリア軍の基地を占領して作られたラバウル基地の目的は、ニューギニア方面の制空権確保にあった。
坂井のほかにも西沢広義、岩本徹三、笹井醇一など海軍を代表するエースが多数揃えられたラバウル航空隊の活躍は、ニューギニア南部のポートモレスビー基地の攻撃から開始。ニューギニア最重要拠点の攻略作戦を支援するべく、4月末頃からはじまった戦いにおいて、坂井ら零戦隊はイギリス軍の新鋭機「スピットファイア」と戦うことになる。
スピットファイアはドイツ軍の「Bf109」にも引けを取らない高性能機だが、まだ坂井らの敵ではなかった。事実、6月の初遭遇戦でも坂井機をふくむ12機の零戦が10機ほどのスピットファイアと戦い、4機を撃墜し自軍は損害ゼロという結果を出している。
ラバウル航空隊が優位に戦えたのは、まだ敵が零戦への対策法を確立していなかったことも大きい。だが坂井に限っては、本人の鍛えられた視力、チームワーク重視の編隊戦闘、そして後方への注意を怠ることのない技術とカンこそが強さの秘訣だったといえる。
敵基地上空での宙返り
こうした激戦のさなか、坂井はユーモアにあふれる行動も取っていたという。最近では史料研究の進みで否定されることもあるが、有名な逸話なので紹介しておきたい。
ポートモレスビーの戦いがはじまって1ヶ月ほどがたったとき、坂井は西沢と太田敏夫にこのような誘いを持ちかけた。
「一度、敵基地の上で宙返りを派手にやってみないか?」
二人は面白がってこの提案に乗り、次の出撃で敵戦闘機隊を撃破して帰還する前、高度4000メートルで打ち合わせどおりに上空での宙返りを決行した。
迎撃されてもおかしくない行動だったが、なぜか敵基地からは対空砲火ひとつ上がらない。やがて坂井達は悠々と帰還したのだが、数日後にニューギニアのラエ基地に敵機から手紙入りの筒が落とされた。
「次は緑のマフラーをつけてくるがいい。我々が歓迎してやろう」
そう書かれた手紙で坂井たちの基地宙返りが司令部にバレてしまい、こってりと絞られ敵の誘いに乗ることもなかったという。
前述したように創作の可能性も大きいとはいえ、坂井のユーモラスな一面がわかるエピソードといえよう。
長距離飛行がもたらした航空隊の落日
その後、ポートモレスビー攻略は、珊瑚海海戦による海軍の引き分けや陸軍の直接攻撃失敗で中止となり、ラバウル航空隊の主戦場はガダルカナル島へと移る。そしてこれがラバウル航空隊の落日のはじまりだった。
ガダルカナルとラバウル間の距離は約1000キロもあり、片道3時間以上もかかる。この長時間飛行による心身の疲労や燃料の使いすぎで墜落する機も少なくなかった。ポートモレスビーも往復7時間程度はかかったというが、こっちは中継点のラエ基地があり、坂井も一時期はラエに転属していたのである。
1942年10月のブーゲンビル島ブイン基地の建設で多少負担は減ったものの、パイロットが多大な疲労と戦いつづけたことは変わりない。坂井もまた、長時間飛行で窮地におちいったひとりだった。
8月4日の出撃にて、疲労で喉が渇いた坂井がサイダーを飲もうとしたところ、不注意で風防に吹きあげてしまった。このせいで視界が悪くなり、空戦で致命的なミスを犯してしまう。戦闘機と間違えて、敵の爆撃機に後方から接近してしまったのだ。
坂井の機体は後部機銃でハチの巣にされる。かろうじて撃墜はまぬがれラバウルに帰還はできたが、体中に破片が食い込み右目をほぼ失明。横須賀海軍病院で長期入院を余儀なくされた。
退院後の坂井は横須賀で教官を勤め、硫黄島戦では部隊に復帰して15機の敵機に囲まれながらも無傷で1機を撃墜している。
坂井が終戦までに撃墜した敵機は64機。その大半が南方にて撃ち落としたものであり、現在でも坂井は日本海軍を代表するエースとして名声を集めている。
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