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インソムニア②〜ダーツバーでの出逢い〜
第一話はこちら
友里香と出会ったのは、渋谷のダーツバー。
まだ冬の寒さが残る雨の土曜日だった。
終電もなくなり、特にやることもなかったので悪友アキラ、祐樹と行きつけのダーツバーへ行った。
しばらく遊んでたら、隣でプレイしてたオンナのコ3人組の一人と目が合った。
最初に声をかけたのはボクだ。
酔ってたのもあって、お互いグループ同士ですぐに息投合し、チーム戦でダーツをやる事になった。
そのときペアを組んだのが友里香だった。
すらっとした長身で、華奢なのにスタイルがよく、肩にかかる緩いパーマの髪が似合っていた。
性格も明るくてサバサバしていて、ボクらが打ち解けるのに時間はかからなかった。
結局盛りあがって、ダーツからカラオケへとみんなで流れて、早朝の始発が始まる時間に解散という王道の流れ。
ちゃっかり、ボクは友里香と番号を交換してご満悦で帰宅した。
眠さとお酒に疲れたカラダを引きずりながらも、小さな幸せを抱きしめて泥のように眠る。
友里香とはしばらくはメールのやり取りだけをしていた。
また会いたいとは思っていたけど、お互いの仕事が忙しかったのもあり、なかなかゆっくり会う時間が取れなかったからだ。
優香や恵さんとの逢瀬もあって、ある意味で多忙を極めていたのもある。
友里香との休みが合ったのは4月も半ばを過ぎた、忙しさの一段落した土曜だった。
友里香の仕事が終る時間に合わせて、ボクは渋谷に向かった。
【久しぶりだよね? 顔おぼえてるかなァ~】
なんて、友里香はメールしてきたけど、ボクにはどんな渋谷の人ごみの中からだって、友里香を見つけ出す自信があった。
もう、ずいぶん長い間、会いたいと願っていた人だからだ。
夕暮れの渋谷は人通りが多く、行き交う人波に飲まれてしまう。
マルイの前で待ち合わせた。
少し早く着いたボクは妙にドキドキして、所在無く人ごみを眺めていた。
「何ぼーとしてんのっ!?」
不意に後ろから声をかけられて、ボクは驚く振り向く。
友里香が微笑んで立っていた。
顔覚えてるかな。
なんていいながら、友里香はボクを見つけてくれた。
それが何だか嬉しくて、ボクはちょっと浮かれてしまう。
よく行く居酒屋に友里香を案内しながら、ボクらは他愛の無い近況報告で盛り上る。
ビールで乾杯。
焼酎と日本酒が好き。ワインなら赤。
友里香とは好みがよく合った。
焼き鳥をほう張りながら友里香が笑う。
映画や、好きな音楽の話から、オンナは料理が出来るベキか? とか、色んな話をした。
普通のデートみたいで、何だか幸せに思えた。
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2件目はダーツバーへ。
友里香もダーツが大好きで、飲むのもそこそこに、真剣にゲームをする。
ボクはちょっと飲みすぎておぼつかない手元に苦戦しながら、友里香の挑戦を受ける。
「なんだよ、真剣にやってよっ つまんないじゃんっ!!」
友里香が膨れっ面で抗議してくる。
「あはは、ごめんっ でも酔っちゃったしねぇ~」
ボクは笑って流そうとするが、友里香はそれを許さない。
「ダメっ 次は何か賭けようよっ」
友里香が悪戯に笑った。
「私が勝ったらこの店は全部タクミのオゴリねっ♪」
「いいよ。じゃぁ、オレが勝ったら・・・」
友里香の耳元に口を寄せる。
「・・・今夜は帰さないけど、イイ?」
一瞬、友里香の空気が変わったと感じた。
酔っていたとは言え、よくもまぁ、こんな恥ずかしいセリフが吐けたものだと、いまさらながらに赤面してしまう。
でも、あのときは真剣そのものだったんだけど・・・
「イイよ・・・ じゃぁ勝負ねっ」
友里香が自信ありげに笑った。
ボクは絶対に勝ちたいと思った。
もちろん、店の支払いがイヤだからじゃない。
どうしても今夜、友里香を抱きしめたいと思ったからだ・・・。
ボクの先行で始まったゲームは、熾烈を極めた。
選んだのはカウントアップ。
一番シンプルでポピュラーなルールだ。
相手より多く得点を挙げればイイのだから分かりやすい。
ボクがブル(ど真ん中に当てる)を連発すると、すかさず友里香が20のトリプルに当てる。
お互いミスもあるものの、比較的高得点を出し合い、その日の自己最高得点を記録するペースでゲームは進んだ。
抜きつ抜かれつのゲームは、終盤僅かに友里香のミスが続いてボクが少しだけリードしたまま最後のターンを迎える。
ボクが最後の一本を投げ終わった時点で友里香との得点は約80点差くらいだった。
友里香が最後のターンに入る。
友里香は3本の矢を握り締め、集中している。
一本平均20点以上必要だから、どうしても真ん中や2桁のダブル・トリプルが必要ということになる。
これまでの友里香の腕から考えても、逆転できるギリギリの点差だった。
1本目。
ビコーン・・・
間抜けな電子音が響いて、ボクは次第に酔いが醒めて来るのを自覚する。
友里香の放った矢は僅かにど真ん中から上に逸れ、20点に刺さる。
これで点差は約60点。
2本目。
ズキューン
けたたましい音と供に友里香の矢がど真ん中に刺さっていた。
50点。
コレで点差は10点。
ほとんど逆転したようなものだ。
ボクは飲み干したジントニックから氷をほう張り、噛み砕いた。
ゆり香がボクの方を振り向いて悪戯に笑った。
「おっ 勝ちました宣言っ!?」
特にプレッシャーをかけるつもりはなかった。
まぁ、負けたら仕方ない。
息を整え直して的に向かう友里香の後ろ姿を見つめる。
ところが、友里香の放った最後の矢は、信じられないことに、的に当たらなかった・・・
そう、的の右側にハズレ、得点にならない場所に突き刺さったのだ。
ボクは驚いた。
「あ~ 狙いすぎちゃったぁ」
と振り向いた友里香は少しも残念そうじゃない。
「負けちゃったぁ」
ボクの隣に座り直すと、友里香は飲みかけのモスコミュールを一気に空けた。
ボクはタバコに火をつけて友里香を見つめる。
あの最後の一投はわざと外したんじゃないだろうか・・・
そんな疑問がボクの頭を掠める。
まぁ、ボクとしては嬉しい限りなのだけど・・・
「ちょっと酔っちゃったのかなぁ~」
友里香が甘えた声で言う。
バーの薄暗い照明の下で、すぐにでも友里香を抱きしめたい衝動を抑えながら、
ボクはゆっくり煙と一緒に言葉を吐き出す。
「もう1ゲームやったら、・・・行こっか?」
「・・・うん。」
友里香はボクの吸いかけのタバコを奪うと、ゆっくりと煙を吸い込んだ。
今夜は友里香を帰さない。
長い夜はまだ始まったばかりだ・・・
【続く】