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自主成仏

「はぁ…疲れた…。」
実家暮らしのフリーター、たける。
本日もひとりごとを漏らしながらバイト帰り。

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「ただいまぁ。」
「はい…はい…そうですか…わかりました…。」
たけるが帰宅すると、廊下奥のリビングで不安そうに電話をしている母親が見えた。
一人暮らしをしている2歳上の姉も何故か慌ただしく動き回っている。
たけるは「身内に何かあったに違いない」と感じた。

「ただいま…どーした?何かあった…?」
たけるは電話を終えた母親に聞いた。
「あ、おかえり…うん……あのね…亡くなったの…。」
「え…。」
たけるは「やはり」と思いつつ聞いた。
「誰が…?」
「うん…………たけるが…。」
「え!え!?…え……。」
たけるは母親の背後に目をやると、リビングに併設された和室に横たわる自分の姿が見えた。

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青白く、死後硬直という状態のようだった。
「えー!!!!!」
たけるは叫びながら自分の死体に近付き、まじまじと見た。見たことのない白いケースに入れられており、中はヒンヤリしていた。
「え…だって俺ここにいるじゃん…。」
たけるは振り返り母親に言った。
「あんた自分が死んだこと気付かずにバイト行っちゃったんだね…。」
「そんな…。」
「まぁ、とりあえず座んなさいよ。」
たけるは母親に促され、リビングのテーブルに着いた。
母親と姉が夕飯の準備をした。
「はいじゃあ、いただきます。」

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「はい、ごちそうさまでした。」
姉が緑茶とりんごを持ってきた。
母親がテレビの番組を一通り観て「なーんもやってない。」と言った。お笑い芸人が辺境の地で飲食店を探していた。
「え…これは…‥どーしたらいいの…?」
たけるは誰にともなく呟いた。
「え、あ…死体のこと?…そうよね、一通り済ませて落ち着いちゃったけど、早めに燃やさないとね。」
母親が言った。
「え!!??燃やすて…アレを…?」
たけるは自分の死体を軽く指差した。自分で言っておきながら、「アレ」と呼ばれた自分の死体を不憫に思った。
「そうね、そうしないと臭いも出てきちゃうし、いろいろと大変になっちゃうからね。」
母親は少し困ったように言った。
「えぇぇ…燃やしたら俺どーなっちゃうの…???」
「あんたはそのままでしょ。」
「そのままて…生き続けるてこと??」
「まぁ…そのままでしょ。お姉ちゃんだって変わらないし。」
「そうだよ。」
母親の隣に座っていた姉が相槌を打った。
「え!?」
たけるは驚いて姉に目を向けた。
「なに…もしかして知らなかったの?私、2年前に死んでるよ。」
姉はサラリと言った。
「2年前!!??」
「うん。仕事のストレスも酷くて、人間関係もキツいけど、近くに頼れるひともいないし、そんな頃に家から持ってきたぬか床ダメにしちゃって…ショックだったんだろうね…次の日死んでた。」
「えーーー!!!いや!え!?…ショック死てこと?ぬか床ダメにして…‥えぇ!?」
「も~~~うるさいなぁ、さっきから騒ぎすぎだよ。」
「いや、だって…だって、こうして生きてるじゃない。」
「うん、まぁ…だから…死にたいほどショックだったけど、本当は死にたくなんてなかったんだろうね。」
「え?何?何?その理屈。死にたかったら死んじゃうし、死にたくなかったら生き返っちゃうてこと?」

たけるは姉に詳しく聞いた。すると、ほぼそういうことだった。
ひとは「死にたい」と口にすることが増え、やがて「死にたい」と思うだけで死ねるようになった。しかし、そうして死んだひとのほとんどが実は言うほど死にたくはなかった。その為、未練たっぷりの霊魂は成仏できず、この世に生き続けるのだという。

「もう、別に最近じゃ珍しくないでしょうよ…」
姉は今更説明することを面倒臭そうに言った。
「まぁ、いわゆる地縛霊よね!」
テレビを観ながら歌舞伎揚を食べていた母親が突然言った。
「ちょっとハッキリ言わないでよ~~~!!!」
ふたりは笑い合った。
「生きてるて言えるんかな?」
たけるは素直な疑問を発しただけだったが、母親と姉は「なんてこと言うんだ」といった雰囲気で無言になった。

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「そんなことより早く「モシ」申し込んできちゃいなさい。」
母親はそう言って、たけるに100円を手渡した。
「え…?」
訳わからぬ顔をするたけるに、再び姉が面倒臭そうに説明した。
「ホント、あんた何も知らないのねぇ…燃し (モシ)は遺体を燃やすことね。そんでその燃しの申し込みを役所にするんだけど、それは専用の電話を使って本人しかできないことになってるから……あ!もう時間になっちゃうから早く行っといで!!」

専用の電話は意外にもいつも通る駅近くの道路に設置されていた。いわゆる公衆電話だ。

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「コレか…」
たけるは受話器を取り、お金を取り出した。しかし、お金を投入口に入れることができない。投入口の横の辺りをカツカツカチャカチャしたり、落としてしまったり。
「あ…あれ…?」
それからやっとたけるはお金を入れることができた。
しかし、ボタンをうまく押すことができない。単純に間違えてしまったり、一度しか押してないつもりが二度押してたり。
「おい!時間ないんだから早くしてくれよ!!」
背後から怒鳴り声が聞こえたので振り向くと、たけるの後ろにひとが並んでいた。
「あっ…すいませんっ……」と言って電話の方へ向き直り、たけるはボタンを押そうとした。が、自分の体が事務的に燃やされることを想像したら、気持ち悪くなりその場で少し吐きそうになった。
結局、電話を掛けることはできず、受話器を戻しお金を取り出した。
後ろに並んでいたひとはすぐに電話を掛け、「はい、自宅です、よろしくお願いします。」と言って名前とマイナンバーを伝えていた。
たけるは100円玉を握って家に帰った。

「ごめん…燃しの申し込みできなかった…」
帰宅したたけるは、謝りながら母親と姉に言った。
「え~~~~!!明日ばあちゃん来るのに…ばあちゃん慣れてない世代だからなぁ…ショック受けちゃうよ…」
母親は困ったように言った。
「ホントごめん、明日朝イチで申し込んでくるから。」

その日の晩、皆が寝静まっても、たけるは寝ることができなかった。
たけるは起き上がり、すぐ傍の死体を眺めた。死体の顔を見た。そしてケースのジッパーを閉じた。

ガラガラガラガラ…………!!!!!!
たけるは死体をキャリーカートに強引に縛り付けて外に運び出していた。

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そして急いで駅へ向かった。しかし、既に終電は終わり、始発まであと5時間あった。
仕方なくたけるはタクシーに乗り「山へ」とだけ伝えた。

辿り着いた山はたけるが小さい頃からよく来ていた山だった。春には桜が咲き、名物の団子、焼き鳥、厚焼き卵を食べるのが楽しみだった。

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しかしいまは5月末の真夜中、桜など咲いてるはずもなく、店も閉まっていた。
たけるは携帯電話の懐中電灯を頼りに山の奥へと進んだ。
しばらく進み、「ここなら誰にも見られないだろう」と思える場所まで来た。
たけるは地面に寝転び、深呼吸をして夜空を見上げた。
そして、横を向いて、自分の死体の顔をケースの上から触った。
そのまましばらく過ごしていると、ガサガサと音がした。
たけるは驚きつつ音のした方を見ると、小さなテントからひとが出てきた。

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「わ!…あ…すみません、暗くて気付きませんでした…。」
たけるは反射的に謝っていた。
「いや…自分も勝手にひとりでキャンプしてますから。」
「あ…そーなんですね…」
「えぇ…あなたもキャンプで…は、なさそうですね…。」
そのひとはたけるの姿と傍にある荷物を見て言った。
「自分は…」
「あ、いや、いいですよ…」
そのひとは手のひらをこちらに向けて、たけるが話そうとするのを遮った。
「…」
「焚き火しましょうか。」
そのひとはそう言って、慣れた手付きで火をつけた。

パチパチ…   パチ…
「…私、こうして焚き火をよくするんですけど、時々思うんです…もしかして私は自分を焼いてるんじゃないか…と。」
そのひとは焚き火の方だけを見て言った。
「え!…あ…そーですか…。」
たけるは不安気に応えた。
「…果たせなかった想いがあって、それでこうして何度も何度も自らの手で火をつけて…でも結局は果たせなかったという事実を思い知るんですけどね。」
そのひとは残念そうに小さく笑った。
「……もしかして……」
聞こうとするたけるの目を、そのひとはまっすぐ見た。
「あ…いや…いいです…」
たけるは聞くのをやめておいた。

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それからたけるはそのひとと色々な話をした。そして気付けば空が明るくなってきていた。

「私、そろそろ行きますね。」
そのひとは言った。
「あ…はい…。」
「あなたと出会えて、お話できてよかったです。」
「あ…いえ…こちらこそ…。」
「これ、アウトドア用のマッチです。よかったらまた焚き火やってみてください。」
「え!いただけるんですか!?…ありがとうございます。」

そしてそのひとは去っていった。

ひとりになったたけるは貰ったマッチを見て、「やるか」と呟いた。
たけるはマッチに火をつけた。
「おぉ!よく燃えるな…」
そして自分の死体に火を近付けた。
しかし、火が死体につく直前で手を止めた。
揺れる火の先に何かが見えた。そして、手に持つマッチをブンブン振って火を消した。
「俺はこっちかな。」

たけるの手には大きなスコップがあった。夜の内は全く気付かなかったが、誰かが置いていった物のようだ。
たけるは黙々と地面を掘り続けた。

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「こんなもんでいいかな…」
たけるは2メートル程の穴を掘ってそう呟いた。
そのとき突然、携帯電話が鳴った。姉からだった。電話には出なかった。
鳴り止むとすぐに姉からメールが来た。
「あんた大変なことになるからね」そう書かれていた。
たけるは携帯電話をポケットにしまい、袋に入った死体を掴みグッと力を入れ少し持ち上げたところで動きを止めた、静かに地面に下ろし、袋のジッパーを開けた。中から死体を出し、そのまま穴の中に入れた。
ドサッ
泣けそうだったが、やめておいた。
スコップを使ってドンドン土をかけていった。かけた土が地面と同じ高さになり、スコップでパンパンパンと叩いた。そして、軽く表面を掘り返してフワフワにして、また軽くパンパンと叩いた。
スコップを地面に置いて、死体を埋めた部分をボウッと見た。そしてすぐに死体を入れていた袋を拾い上げた。
「さて、どーしたもんか」たけるは呟いた。
そして袋をグシャグシャに丸めて地面に置いた。そしてマッチを取り出して火を付けて袋の上に投げた。
みるみる燃えた。
意外と科学的な嫌な臭いはしなかった。そのまま燃やす前提で作られた物かも知れなかった。
そして袋は思っていたよりもすぐに燃え尽きて灰になった。
たけるは顔をそらして「行くか」と呟いた。
スコップを残しておいたらバレるかもしれないと思ったが、「別にいいや」と思いその場に置いていくことにした。
ただただ歩き、なんとなく山を降りながら「そーいえば、よく誰にも見られなかったな…いや、見られたかもな…まぁ、別にいいか。」と思った。

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思ったよりもすんなり下山でき、目の前にコンビニが見えた。たけるは「もうホントどこにでもコンビニあるな…」と思いながら入店した。
「いらっしゃいませー」という店員さんの声とコンビニ特有の匂いにホッとした。
トイレを借り、手を洗い、缶コーヒーを買ったら殆ど所持金がないことに気付いた。
コンビニ内のATMでお金を下ろしていてフと言葉が出た。
「俺はもう俺を放っておこう。」

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