虫人
「虫を漢字一文字で表すと?」
と問われ「そもそも虫は漢字一文字でしょう(笑)」と思ったが、声に出すのはやめておいた。
何故なら此処には私ひとりしかいないから。
しかし、問いに対する答えはすぐに浮かんだ。
「「単」ではないでしょうか。」と声に出してみた。
…やはり此処には私ひとりしかいないようだ。
虫の顔を真正面から見ると「タンッ」て感じがする。「タンッ」て音が聞こえる気がする。だから「単」。てのがまずひとつ。
と、ここで「え?音に当てるだけなら「単」じゃなくてもいいですよね?「胆」でも「炭」でもいいですよね?」と指摘された私は「ちょ、ちょっと待ってください「まずひとつ」て言いましたよね?」と慌てて反応した。
そいつは「はぁ…」と言いながら着席した。虫を見るような目を私に向けて。
怖かった。此処にいるのは私ひとりではなかったのか?
だって…ほら…あの端の席で頰杖ついて「では、お聞かせ願おう」といった顔でこちらを見てるのは…
私は軽く咳払いをし、教壇に戻り、深呼吸をし、再び論じ始めた。
虫を表す漢字が「単」であるのは他にも理由があります。
虫は常にひとりなのです。どんなに群れていてもひとり。
「んふ、それなら「個」でもよくないですかぁ?「孤」でもいいか。」またしてもそいつだ。
「はい。そのご指摘は想定しておりました。」私は言い返した。
想定していたのは嘘ではなかった。ただ心臓はバクバクしていた。
続けますね。何故、虫を表す漢字が「単」であり、「個」や「孤」ではないのか。
まず「個」は同種の中における異なる特性を連想させます。そして「孤」はどーしても「寂しさ」を感じさせます。その…人間ぽいんですね。
それに比べて「単」は人間らしさがない。なんなら生き物らしさもない。
あ、虫だって生き物ですよね!私のフェイバリットソングのひとつは「手のひらを太陽に」!!
ただ…生き物の中で虫と魚は内面を感じない…。まばたきしないからかなぁ…。(急に持ち出してごめん、魚)
あ、冷酷な人間だと思われたくなくて言い訳するようですが…そこが虫のいいところだと思っています。
「相手の気持ちを感知して相応の行動に移す」といったそぶりを全く見せぬ虫。というか「相手」という認識があるのか…。捕まえようとすればジタバタしたりするけれど、お顔を見てみれば「タンッ」。カマキリもバッタもトンボもクモも「タンッ」。「何考えてるんじゃ?」と思うのも野暮。考える前に気を弾く虫。
そういった人間的な内面の粘着性のなさが虫のいいところ。
しかし!しかしだ!!もしそれが人だったら…身体は人で心は虫…恐怖…。
「え~裏表なさそうでいいんじゃない?」
またこいつか…て、え!?
そいつはいつの間にか大分近くにいた。半目で口をへの字にし、微かに笑っていた。
「自分勝手で気持ちの悪い奴だ…」と私は思った。
私は続けた。
人間にとっての「裏表がない」というのは結局のところ自らの裏を自覚した上で「嘘なしで行く」と決めてるんです。
けどね、虫は…自らの裏を知らない。生き物にとっての「裏表」という概念もなく、あるのは表のみ。それ故に自分以外の生き物に裏があることも知らない。
…という人間を想像してごらん。虫人間を。…いや、「人間」という言葉は「人の間」と書くので「相手」という認識があるだろう。
なので、虫人(むしじん)にしておこう。
と、私はここで虫人というネーミングは笑い飯の漫才「鳥人(とりじん)」から影響を受けていることに気付いた。漫才の中に出てくる首から上は鳥で下は人という生き物を決して鳥人間ではなく敢えて鳥人と呼ぶ笑い飯のセンスに私は改めて「凄いなぁ」と感じ入った。
で、虫人である。例えば虫人に不愉快な思いをし、それを伝える為に「不愉快です」といった表情を虫人に対して示したとする。すると虫人はコールタールのような黒い目で、此方を見るでも見ないでもない顔。「タンッ」
例えば虫人に質問をする。すると虫人は「ふーん…」とだけ言ってその場を去る。こちらは去り行く虫人の後ろ姿を目で追い「…え!?今の話はこれで終わり!?」と心で叫ぶ。
と、ここまで説明をして、皆様に虫人に対する警戒心を抱かせてしまったかもしれませんが、意外と虫人は犯罪を起こしません。何故かというと勘繰らないからです。犯罪の殆どは「勘繰り」から起きます。
そしてー……あれ?何でこんな話してんだっけ?ああ「虫を漢字一文字で表すと?」から始まったのか。
あ、あいつは何処だ?姿が見えないなぁ…まぁけど何か言えば嫌~な返答してくるだろ。
「おまえは何処にいる?」
「何処にもいない。」
ほらな(笑)
「では私は何処にいる?」
「どこにもいない。」
え…
「で…では私の姿はどー見える?」
「姿などない、あなたは自ら吐き出したネバネバの言葉を身体に巻き付けて固まった。」
怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い
私は自分の顔を触り、ついでに手の匂いを嗅ぎ、静かに周りを見渡し、小さく「いやいや…」と言ってその場から逃げた。
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