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07.細胞たちの動きを見てみよう!:理化学研究所 神戸地区 一般公開2023 BDR いきいきいきもん から学んだこと その02

2023年11月03日、私は理化学研究所 神戸地区(以下神戸地区,図02)を訪れ、一般客として理化学研究所 神戸地区 一般公開2023 BDR いきいきいきもん(以下「いきいきいきもん」,[1],[2])に参加した。なお、理化学研究所 神戸地区 一般公開は、神戸医療産業都市 一般公開2023の一環でもある([3])。


「07.細胞たちの動きを見てみよう!」で、生命機能科学研究センター(RIKEN Center for Biosystems Dynamics Research:BDR)フィジカル バイオロジー研究チーム(以下同チーム,図02.01,[4],[5],[6])は、物理・数理を基盤とする数理科学のアプローチを用い、細胞生物学、発生生物学的課題に取り組んでいる。特に発生初期における、(1)極性・軸形成、(2)細胞の方向性運動・集団運動、(3)上皮シートの形態形成、および、(4)細胞分化に取り組んでいる。研究室内外と協力し、実験と理論の相補的なアプローチにより生物データ、数理モデル、および、理論を統合し、これらの現象の定量的な記述とメカニズムの解明を目指していることを伝えた。

同チームの研究テーマは、以下のとおりである。

1.細胞の走化性情報処理のダイナミクス

2.極性形成のダイナミクス

3.転写調節ネットワークのダイナミクス

図02.01.ポスター「細胞たちの動きを見てみよう!」。


その一環として、同チームはヒト上皮培養細胞Caco-2株が示すマルチスケールの回転運動を紹介した。Caco-2株の各細胞の回転運動は集団回転運動に繋がるが、こうした運動にアクチン細胞骨格が関わっている(図02.02,[7])。

図02.02.ポスター「2.ヒト上皮培養細胞Caco-2株が示すマルチスケールの回転運動」。


2020年06月26日、同チームの柴田達夫チームリーダー、早川雅之研究員、シンガポール国立大学メカノバイオロジー研究所の平岩徹也特別研究員(MBI Fellow)、および、筑波大学生命環境系の桑山秀一准教授らの国際共同研究グループは、走化性を失った細胞性粘菌(和名キイロタマホコリカビ)変異株(KI細胞、cAMP(環状アデノシン一リン酸)に対する走化性を失った細胞性粘菌の変異株で、1993年に桑山秀一(当時京都大学)らによって単離された)が示す進行波状の集団運動に着目し、遺伝学的手法、定量的解析や数理モデルを組み合わせることで、この集団運動の形成メカニズムの解明に取り組んだ結果、進行波状の集団運動の正体は、細胞が集まっている部分とまばらな部分が動的に入れ替わることで生じる細胞密度の伝搬(密度波)であり、細胞が他の細胞に追随する接触追随という細胞間相互作用が密度波の維持に重要な役割を果たしていることを明らかにしたと発表した([8])。

その一環として、同チームはポスター「3.KI細胞が示す様々なスケールの集団運動」を展示することで、マイクロメートル スケールからセンチメートル スケールまでの集団運動を紹介した(図02.03)。

図02.03.ポスター「3.KI細胞が示す様々なスケールの集団運動」。


同チームはポスター「4.細胞の動きをコンピュータでシミュレーションする」を展示することで、ミオシンがアクチン フィラメントの一方に向かって運動すると、アクチン フィラメントは反対の方向に押される。その結果、フィラメントの運動が引き起こされることを伝えた([9]のp.56-58,[10])。

また、細胞内でアクチン フィラメントがバンドルを形成し、かつ、このバンドルが細胞膜に垂直に配置しているとき、ミオシン モーターが運動すると、バンドルは押され、さらにそれが膜を押すことを伝えた。これによって細胞は前進する。

細胞の後ろ側では、バンドルは膜に対して平行に配置される。そのため、バンドルは膜を押さない。

シミュレーションで現れたこうした機序が実際に働いているかどうかは、今後の検証が必要である。

そして、膜の伸びや曲げの強さのパラメーターとモーターの運動の強さのパラメーターを調整すると、細胞は揺らぎながらも約0.3 μm/sの速度で直進したことが分かった(図02.04)。

図02.04.ポスター「4.細胞の動きをコンピュータでシミュレーションする」。


なお、ポスター非関連の同研究室の最新研究を以下に示す。

2018年07月06日、理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター形態形成シグナル研究チームの小椋陽介基礎科学特別研究員、林茂生チームリーダーと同チームの柴田達夫チームリーダーらの研究チームは、器官形成における上皮の折り曲げ運動を推進させる細胞外シグナルの組織内伝搬の仕組みを、ショウジョウバエで発見したことを発表した。

本研究成果は、多細胞組織で細胞の挙動を協調させる原理の1つを解明したもので、将来的に再生医療の基盤技術につながる可能性がある知見である。

臓器の多くは、細胞が側面同士で密に接着したシート(上皮)が折れ曲がることによって作られている。今回、研究チームは、細胞同士のコミュニケーションを担うシグナル分子と、上皮の折り曲げ運動の関係を明らかにするため、細胞増殖と分化に深く関わる「細胞外シグナル調節キナーゼ(extracellular signal-regulated kinase:ERK)」に着目した。ERKは細胞外シグナルに対して、活性(オン)/不活性(オフ)の2通りの応答を示す。発生中のショウジョウバエ胚で、上皮組織(気管)の陥入運動におけるERK活性化の時空間分布を測定したところ、陥入初期には中心部に限定されていたERKのオン状態が、次々に隣接する細胞の“スイッチ”をオンにすることで、同心円状に波のように伝搬することを発見した。さらに、ERK活性化の波は、細胞内のモーター分子ミオシンの活性を制御して、上皮の陥入運動を調節することが明らかとなった([11])。


2019年07月11日、理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター非対称細胞分裂研究チームの河野夏鈴大学院生リサーチ・アソシエイト(京都大学大学院生命科学研究科博士課程3年)、松崎文雄チームリーダー(京都大学大学院生命科学研究科教授)らの研究グループは、細胞極性の形成に働くタンパク質複合体によって細胞に非対称性が生じる際の基本的なプロセスを解明したことを発表した。

今回、研究グループは、Parタンパク質の発現量を操作することで、通常は極性を持たないショウジョウバエ胚由来の培養細胞上に、人為的に非対称的なタンパク質の分布を作り出すことに成功した。この細胞極性の再構成により、細胞が非対称性を生み出す典型的なプロセスを高解像度で観察可能となり、Par複合体が3段階の動的な凝集状態を経ることが分かった。これらの凝集体は、ショウジョウバエの個体内の細胞でも存在することが確認されたことから、Par複合体が働く細胞極性の形成に一般的な過程と考えられる。また、凝集状態の最終段階である島状の凝集体を超解像顕微鏡で観察した結果、この凝集体はセグメント状の構造単位が網目状に集まった構造を持つことが分かった([12])。

 

そして、2021年07月07日、北海道大学遺伝子病制御研究所と国立シンガポール大学を兼任する茂木文夫教授、国立シンガポール大学のYen Wei Lim博士課程学生(研究当時)、理化学研究所生命機能科学研究センターのFu-Lai Wen基礎科学特別研究員(研究当時)、Prabhat Shankar研究員(研究当時)、柴田達夫チームリーダーらの国際共同研究グループは、細胞が分裂する際に「対称分裂」または「非対称分裂」のどちらかを選択するメカニズムを明らかにした。

研究グループは、線虫(C. elegans)の胚発生において「対称分裂」する細胞と「非対称分裂」する細胞を比較解析することで、二つの分裂様式は「細胞極性因子PAR複合体の相互作用による自律的な空間パターン形成」に依存していることを突き止めた。さらにPAR複合体の相互作用を変動させることで、2つの細胞分裂様式を人為的に操作できることが実証された。これらの結果から、PAR複合体が自律的にパターン形成する能力が、分裂様式の使い分けに重要な役割を果たしていることを解明した。本研究成果は、体性幹細胞が二つの細胞分裂様式を使い分ける仕組みの理解に繋がり、分裂様式を人為的に操作する技術開発が促進されることが期待できる([13])。


本記事で、同チームによる細胞の動きに関する研究を知ることができたことは、私にとっては非常に有意義なことである。

細胞の動きは調べるほど、奥が深いものである。



参考文献

[1] 国立研究開発法人 理化学研究所 神戸事業所.“理化学研究所 一般公開 in 神戸 2023 ホームページ”.https://www.kobe.riken.jp/event/openhouse/23/#outline,(参照2024年01月23日).

[2] 国立研究開発法人 理化学研究所 神戸事業所.“いきいきいきもん”.理化学研究所 一般公開 in 神戸 2023 ホームページ.https://www.kobe.riken.jp/event/openhouse/23/bdr_ja.html,(参照2024年01月23日).

[3] 公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構.“神戸医療産業都市(KBIC) 2023 一般公開 ホームページ”.https://www.fbri-kobe.org/kbic/ippankoukai/2023/,(参照2024年01月23日).

[4] 国立研究開発法人 理化学研究所.“生命機能科学研究センター フィジカル バイオロジー研究チーム”.理化学研究所 ホームページ.研究室紹介.生命機能科学研究センター.https://www.riken.jp/research/labs/bdr/phys_biol/index.html,(参照2024年01月23日).

[5] 国立研究開発法人 理化学研究所 生命機能科学研究センター.“チームリーダー 柴田 達夫 Ph.D. フィジカル バイオロジー研究チーム”.理化学研究所 生命機能科学研究センター ホームページ.研究.研究室.https://www.bdr.riken.jp/ja/research/labs/shibata-t/index.html,(参照2024年01月23日).

[6] 国立研究開発法人 理化学研究所 生命機能科学研究センター フィジカル バイオロジー研究チーム.“フィジカル バイオロジー研究チーム ホームページ”.http://www.qbic.riken.jp/phb/,(参照2024年01月23日).

[7] Cold Spring Harbor Laboratory.“Epithelial cell chirality emerges through the dynamic concentric pattern of actomyosin cytoskeleton”.bioRxiv ホームページ.Cell Biology.2023年08月16日.https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2023.08.16.553476v1,(参照2024年01月23日).

[8] 国立研究開発法人 理化学研究所.“細胞の追いかけっこが波を作る -細胞の追随運動が細胞密度を伝搬させるメカニズムを解明-”.理化学研究所 ホームページ.研究成果(プレスリリース).研究成果(プレスリリース)2020.2020年06月26日.https://www.riken.jp/press/2020/20200626_2/index.html,(参照2024年01月23日).

[9] 大石正道 著.「生物」のことが一冊でまるごとわかる.初版,有限会社 ベレ出版,2018年05月25日,256 p.

[10] 一般社団法人 日本生物物理学会.“A-17:細胞骨格”.生物物理について ホームページ.生物物理のテーマ.細胞・組織・器官.https://www.biophys.jp/highschool/A-17.html,(参照2024年01月23日).

[11] 国立研究開発法人 理化学研究所.“組織を走る波による器官の形作りの調節-隣の細胞にシグナルを伝えながら上皮は折れ曲がっていく-”.理化学研究所 ホームページ.研究成果(プレスリリース).研究成果(プレスリリース)2018.2018年07月06日.https://www.riken.jp/press/2018/20180706_1/index.html,(参照2024年01月23日).

[12] 国立研究開発法人 理化学研究所.“細胞が対称性を破る仕組み-極性を持たない細胞に非対称性を与える-”.理化学研究所 ホームページ.研究成果(プレスリリース).研究成果(プレスリリース)2019.2019年07月11日.https://www.riken.jp/press/2019/20190711_3/index.html,(参照2024年01月23日).

[13] 国立大学法人 北海道大学.“対称か非対称か:細胞分裂パターンの二者択一~To be (asymmetric) or not to be, that is the question~(遺伝子病制御研究所 教授 茂木文夫)”.北海道大学 ホームページ.プレスリリース(研究発表).2021年07月07日.https://www.hokudai.ac.jp/news/2021/07/to-be-asymmetric-or-not-to-be-that-is-the-question.html,(参照2024年01月23日).

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