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あたらしい「しきたり」|塩川弥栄子『冠婚葬祭入門』を読む

戦後日本の住宅を再考するためには「新婚住宅」について調べなければ、という問題関心の一環(というか脱線)で「ブライダル」関連本のほか、最近すこし「冠婚葬祭」本にも守備範囲を広げています。

たとえばこれ。1970~71年にかけて光文社「カッパ・ホームス」シリーズから出版された『冠婚葬祭入門』正・続・続々3冊(1970-71)、さらに姉妹編『図解冠婚葬祭』(1971)は4冊合計700万部のベストセラーとなったのだそう。

『冠婚葬祭入門』シリーズ

著者の塩月弥栄子は裏千家14代家元・千宗室の長女。茶道研究の延長線上に「作法」があったのでしょう。

ためしに目次をひろってみますと…。

『冠婚葬祭入門』(1970)
 まえがき
 第一章 見合いから結婚まで
 第二章 出産から卒業まで
 第三章 通夜から年忌供養まで
 第四章 元旦から大晦日まで
『続冠婚葬祭入門』(1970)
 まえがき
 第一章 贈答
 第二章 応接
 第三章 手紙
 第四章 服装
『続々冠婚葬祭入門』(1971)
 まえがき
 第一章 親族・私的関係のしきたり
 第二章 地域社会のしきたり
 第三章 職場のしきたり
 第四章 公共の場のしきたり
『図解冠婚葬祭』(1971)
 まえがき
 一 慶事編
 二 弔事編

とまあ、こんな具合です。「冠婚葬祭」本については、岩波新書の一冊ながら、なんだか岩波新書らしくない(いい意味で)斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』(岩波書店、2006年)が読みやすく楽しくためになります。ちょっと書名からは中身が推察しづらいのですが、冠婚葬祭に関する過去・現在・未来がコンパクトかつ軽快にまとまっています。

さて、『冠婚葬祭入門』のヒットをうけて、まさかのTBSでテレビドラマ化されます(1971)。もちろん、小説ではないので『冠婚葬祭入門』の内容をふまえつつ大胆に創作。雑誌記者の松野みどりと建築技師の速水五郎が結ばれるまでのドタバタを描いたのだそう。

さらに映画化も。松竹映画『喜劇・冠婚葬祭入門』(1970)、『冠婚葬祭入門・新婚心得の巻』(1971)がたてつづけに公開されています。

松竹映画『喜劇・冠婚葬祭入門』

『冠婚葬祭入門』シリーズのヒットから20年後の1991年に『新・冠婚葬祭入門』が出版されています。

「まえがき」では1970年代はじめの時代状況を「当時、昭和四十六、七年頃は、“冠婚葬祭”がひとつの社会現象」となり全国にひっぱりだこになったと塩月自身が振り返っています。そしてこう続けます。

このシリーズがそれほどまでに必要とされた理由に、日本の家族社会が核家族化したため、おばあちゃんやおじいちゃんから、日本の古いしきたりを見習う機会がなくなったからであるとよくいわれました。

塩川弥栄子『新・冠婚葬祭入門』1991年

地縁・血縁社会のなかでは冠婚葬祭に関するしきたり一切は、年長者が監修することで成立していたものが、地方から都会に出て、いわゆる「新中間層」となった人々にはメディアがそれを代替することになった。百科事典ブームもおなじ地平にあるのはよく知られたことです。ただ、塩月はこう続けます。

たしかにそのような理由もあると思いますが、もっと大きな要因は、戦後耐乏生活をくぐり抜け、東京オリンピックを経て、高度成長社会に突入した当時、人々の生活に余裕ができ、日本の古きよき人付き合いのルールが必要とされるようになったからにほかなりません。

塩川弥栄子『新・冠婚葬祭入門』1991年

人々の生活にうまれた余裕が「日本の古きよき人付き合いのルール」を呼び戻す。衣食足りたからこその「礼節」ということでしょう。ただ、高度成長を経て、地方から都会にでてきた人々にとって、さらには地方においても冠婚葬祭の産業化が進展した後の社会にあって必要になったのは「古きよき」ルールなのでしょうか。

地縁・血縁から離脱して都会で会社縁へ組み込まれた「新中間層」だったからこそ、特に「婚」と「葬」のシーンにおいて会社の上司や同僚との振る舞いに一定のマニュアルが必要になったのが実際でしょう。ということは、ここで求められた「冠婚葬祭」マニュアルは、かつて地縁・血縁社会において確立されていた「古きよい人付き合いのルール」とは別物だということ。そもそも高度成長期において結婚式・披露宴やお通夜・お葬式は急速に産業化が進展した分野。そこでは新しい“しきたり”が生まれました。

もはや「おばあちゃんやおじいちゃん」も知らない冠婚葬祭のあたらしい“しきたり”。ましてや当然に地方色があったであろうそれが、いわば標準語としての“しきたり”として編成されたのでした。

そう思うと、著者である塩月が茶道家元の娘であることも合点がいきます。戦後、女性を中心に茶道人口を急増させてきたからこそ握れる主導権だったことも大いに影響したでしょう。本来この手の「しきたり」系マニュアルは、武家の礼法を体系化した「小笠原流礼法」の専売特許だったはずですが、それは戦前色が色濃かったがゆえに戦後社会にはすわりが悪かったのでは中廊下と。

ちなみに『冠婚葬祭入門』各巻には副題がついてますが、これがまた秀逸。それぞれ「いざというとき恥をかかないために」「親族・地域社会・職場のしきたり380」「一目でわかるしきたりの基本」。読者のニーズを的確につかんでいます。

「恥をかかない」ために依拠するマニュアルが必要となった戦後社会。当然に冠婚葬祭の場面は「恥をかく」ことが多かったことでしょう。そりゃあ松竹映画で「喜劇」化されるわけです。

光文社「カッパ・ホームス」という(良い意味で)通俗的なシリーズから出版され、そして、カバー・イラストは宇野亜喜良、挿絵は武藤敏が担当という豪華ぶり。旧来のあまたある「冠婚葬祭」マニュアルとは一線を画して冗長な記述を排して「冠婚葬祭」産業化時代に即した“しきたり”を集成・編成したのが塩月弥栄子『冠婚葬祭入門』なのでした。

そもそも「カッパ・ホームス」とは、どういうシリーズだったのか。詳細や歴史的な位置づけは、新海均『カッパ・ブックスの時代(河出ブックス)』(河出書房新社、2013年)にゆずります。

ここでは各本の巻末に収録されている「光文社の『カッパ・ホームス』誕生のことば」をごらんください。

戦後二十四年、社会のめまぐるしい変化は、家庭の中へも急速に浸透してきた。父の権威を中心とした「家(いえ)」は、夫婦を軸とする「家庭(ホーム)」へと、大きな変貌をとげている。「男子厨房に入るべからず。」という古い考えは一掃され、愛情と理解の上にきづかれる近代家庭が育ちはじめている。

「光文社の『カッパ・ホームス』誕生のことば」1969年

そしてこう続けます。

だが、家を社会からの逃避の巣と考え、夫と妻の二人だけのしあわせを生きがいとする無気力なマイホーム主義者もふえている。「カッパ・ホームス」は、このような現実をふまえ、家庭とはなになのか、いや生きるとはどういうことなのかを、素朴な心で追究していきたい。

「光文社の『カッパ・ホームス』誕生のことば」1969年

塩月弥栄子の『冠婚葬祭入門』が「カッパ・ホームス」シリーズの一冊であることの位置づけがよくわかります。「家」から「家庭」へとかわった戦後日本社会において、その「家庭」を「社会」とよりよくつなげるためのあたらしい「しきたり」がこの本には込められているのでした。

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ながながと書きましたが、このお話は戦後に産業化がすすみ、「新中間層」の増大と持ち家の大衆化が進んだ「いえづくり」に置き換えても、おもしろい具合に話が一致します。一生に一度か二度といわれる慶事ゆえ当然といえば当然ですが。

たとえば『冠婚葬祭入門』と同じく「カッパ・ホームス」シリーズの一冊として同書の前年、1969年に出版されたのが清家清の『家相の科学:建築学が発見したその真理』。これもまた「しきたり」の再編成だと思うとなんとも興味深いです。

(おわり)

参考文献
斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ(岩波新書)』岩波書店、2006年
新海均『カッパ・ブックスの時代(河出ブックス)』河出書房新社、2013年
小泉和子編『昭和の結婚(らんぷの本)』河出書房新社、2014年


余談①
2009年には、祥伝社新書の一冊として『新・冠婚葬祭入門』が出版されています。著者は野村沙知代。塩月と野村という両名のキャラクターも大きく異なり、また同書が塩月の同名タイトル本から18年後に出版されていることから、このふたつを比べてみるのも面白いのでは中廊下。

余談②
清家清の『家相の科学』は、「家相」という古い「しきたり」の再編成としてとらえると、「カッパ・ホームス」シリーズにふさわしい一冊と思えますが、そこは韜晦癖のある清家のことですから一筋縄ではいきません。そんな清家の「家相」論について以前、noteにも書きました。


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竹内孝治|マイホームの文化史
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