キリストの墓は日本にある?
はじめに
都市伝説では、実は日本でイエスが亡くなっていたという話が実しやかに囁かれていました。
この説を語っている方が根拠とされているのが「竹内文書」となります。
青森の戸来村にイエスの墓があるとされています。
これを正式に認めてしまうと、キリスト教そのものが終わってしまいますね。
過日、この様な記事を書きました。
そして、今回は、なぜこの様な記事を書こうとしているかですが、
あるニュース記事を見かけてしまったからなんです。
それが、こちら
この時期に、Yahooニュースの記事に、掲載されるという事は、やはり青森に存在する「イエスの墓」は本物なのかもしれません。
しかも、同じ様な内容の記事を有名な経済誌が揃って書いているという事です。
竹内文書に関しては、僕は信じていません。
ただ、この説が本当ならばキリストの復活は、嘘であるという事になります。
今回は、このニュース記事の説が真実であるという前提で考察していきます。
僕は、これまで死者の「復活」を考察してきました。
結論から言いますと、キリスト再臨の際に死者の「復活」は、絶対に起こります。
これは、絶対に間違いありません。
まず、復活の定義について書きますね。
「復活」とは、心臓が停止してしばらく経って、当時はもちろん現代の医療技術をもってしても絶対に蘇生させることができない状況においてもなお、生き返ったこと。
これまで亡くなられた方々が、ケイ素ベースの肉体となり、生き返る事。
ここで、この戸来村にあるイエスの墓が本物であるという事になりますと、何もかも根底から変わってしまう事になります。
トランプ大統領、プーチン大統領がクリスチャンであること、「復活」は旧約聖書(イエスが生まれる前の聖書)を根拠に書かれてあることから、「死者の復活」は必ず存在します。
トランプ大統領もイエスの復活について、正教会のイースターの日にリトゥルースされていますからね。
こちら
まぁ、これだけで、もう書かなくてもいいかとも思いますが、納得されない方もいると思いますので、書いていきますね。
再臨の予言については、むしろ旧約聖書の方が、正確に預言しています。
あなたの死人は生き返り、私の屍は、よみがえります。覚めよ、喜び歌え。土のちりの中にとどまる者よ。まことに、あなたの露は光の露。地は死者の霊を生き返らせます。【イザヤ書26章19節】
この箇所では、具体的にいつ、どのように、誰がよみがえるかについては記されていませんが、聖書の神が死人を生き返らせる力を持っていることが、はっきりと示されています。
聖書の神とは、アヌンナキのエンキの事です。
なお、ここでいう「生き返り」や「よみがえり」というのは、当時の人々にとって、死んだ人が肉体をもって生き返ることを意味しています。
肉体のない魂や霊のようなものとして「生き返る」という意味ではありませんし、「霊的な体験(夢や幻など)を通して、『生き返った』死者と出会う」というような意味でもありません。
もう一つ、旧約聖書で死者の復活について書かれている箇所を挙げるとすれば、ダニエル書12章2節は外せません。
ちりの大地の中に眠っている者のうち、多くの者が目を覚ます。ある者は永遠のいのちに、ある者は恥辱と永遠の嫌悪に。【ダニエル書12章2節】
ここで「ちりの大地の中に眠っている者」というのは「死んでいる者」、「目を覚ます」というのは「死者が、霊肉を含んだ全人格的な存在として、この世によみがえる(復活する)」ことを表す比喩的な表現です
この様に、「神」(エンキ)が死者を蘇らせる力を持っている事が分かります。
よって、上記のニュース記事の説が真実であるならば、キリストの復活と死者の復活は別物であると考えるべきなのかもしれません。
キリストは復活した後、聖徒と40日間を共にし、昇天したとあります。
それでは、なぜキリストの墓が青森にあるという説があるのでしょうか。
今回は、この2つの記事を根拠に、その謎について考察していきたいと思います。
磔刑にあったのは弟のイスキリであった?
こちらの記事より抜粋します。
弟イスキリが聖書の謎を解く鍵
新郷村のキリスト祭では、2つの墓が慰霊の対象となる。
1つはキリストの墓とされる「十来塚」、もう1つがキリストの弟イスキリの墓とされる「十代墓」だ。
キリスト青森渡来説では、この弟イスキリが重要な役割を果たす。
十字架刑に処されたのは実はイスキリであり、キリストは弟を身代わりにして生き延び、日本にやってきたというのである。
そして渡来説をとれば、聖書の難問も解決できるとキクはいう。
例えば十字架上の死の直前、キリストは「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」(マタイによる福音書27章46節)と述べる。
全知全能の神と一体であるとするなら、キリストは、なぜ自らの運命を知らなかったのか。
なぜ普通の人間のように悲嘆したのかという疑問が湧く。だが、これがイスキリのセリフだったとすれば納得できるとキクはいう。
つまり神ならざるイスキリの人間的な悲嘆だったと解釈するのだ。
(記事より抜粋)
こちらの記事からも。
福音書に残るイエスの最期の言葉
さて、沢口家の墓のすぐ向かいに、目的の「キリストの墓」はある。樹々に囲まれた、少し小高く盛り上がった地形が2つあり、いずれも十字架が立てられている。
向かって右が「十来塚」で、キリストの墓とされるもの。
左は「十代墓」で、こちらはキリストが携えていた、弟・イスキリの耳と聖母マリアの頭髪を葬った墓とされている。
実は、キリストに影武者が存在したとする説は、古くから根強い。
イエスはもともと双子で、処刑されたのは弟であるという、まさしく戸来村の言い伝えそのままの物語が世界中で囁かれているのだ。
その根拠のひとつは、磔にされたキリストが、今際の際に叫んだという次の言葉にある。
「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」
一見すると意味不明の呪文のようだが、これは『マタイによる福音書』にしっかりと記されているイエスの最期の言葉である。
「エロイ」とはアラム語で「上」もしくは「上にある」の意で、一般的には神を指す言葉だという。
そして続く「レマ、サバクタニ」の訳は、「なぜ私をお見捨てになったのですか」となる。
果たしてキリストは、最期に神頼み、あるいは神への恨み言を口にしたのだろうか? いや、そこには日本にキリストの墓がある理由に通ずる、もうひとつの解釈が存在している。
「エロイ」を上にある存在として「兄」と読み解く。
すると、キリストの最期の言葉は次のようになる。
「兄よ、兄よ、なぜ私をお見捨てになったのですか」 ちょっとゾクリとさせられる符合ではないか。
もっとも、キリストが本当に双子の弟がいたのかどうかは定かではないのだが。
(ニュース記事より抜粋)
先日の記事で、イエス・キリストは「福音」を伝えるのが使命だったと結論づける考察記事を書きました。
この2つの記事によりますと、ユダはイスキリが身代わりに磔刑になる事を知っており、イスキリがイエスであると嘘をついたのだそうです。
ユダは、金庫番であり、イエスは特別にユダの事を信頼していたとの事。
この2つの記事が本当であるならば、聖書やキリスト教そのものが根底から覆されますね。
・イエスの肉体は「栄化」されていなかった。
・イエスは弟を騙し、身代わりとして見殺しにした極悪人。
こういう事になります。
ここで謎が生まれます。
まず、墓の前を大きな石で塞いでおり、そこに門番まで立てているんですね。
イエスが復活したとしたら、ユダヤ議会が墓をまず調べると思います。
イスキリが代わりに死んでいるとすれば、墓にイスキリの死体が残っているはずです。
しかし、聖句には墓は空だったとあります。
マグダラのマリア達が墓を確認している聖句があります。
(マタイ28:1-6;マルコ16:1-7;ルカ24:1-12;ヨハネ20:1-12)
さて、安息日が終って、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓を見にきた。
すると、大きな地震が起った。それは主の使が天から下って、そこにきて石をわきへころがし、その上にすわったからである。
その姿はいなずまのように輝き、その衣は雪のように真白であった。
見張りをしていた人たちは、恐ろしさの余り震えあがって、死人のようになった。
この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、
もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。さあ、イエスが納められていた場所をごらんなさい。
さて、安息日が終ったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとが、行ってイエスに塗るために、香料を買い求めた。
そして週の初めの日に、早朝、日の出のころ墓に行った。
そして、彼らは「だれが、わたしたちのために、墓の入口から石をころがしてくれるのでしょうか」と話し合っていた。
ところが、目をあげて見ると、石はすでにころがしてあった。この石は非常に大きかった。
墓の中にはいると、右手に真白な長い衣を着た若者がすわっているのを見て、非常に驚いた。
するとこの若者は言った、「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのであろうが、イエスはよみがえって、ここにはおられない。ごらんなさい、ここがお納めした場所である。
今から弟子たちとペテロとの所へ行って、こう伝えなさい。イエスはあなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて、あなたがたに言われたとおり、そこでお会いできるであろう、と」。
週の初めの日、夜明け前に、女たちは用意しておいた香料を携えて、墓に行った。
ところが、石が墓からころがしてあるので、
中にはいってみると、主イエスのからだが見当らなかった。
そのため途方にくれていると、見よ、輝いた衣を着たふたりの者が、彼らに現れた。
女たちは驚き恐れて、顔を地に伏せていると、このふたりの者が言った、「あなたがたは、なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか。
そのかたは、ここにはおられない。よみがえられたのだ。まだガリラヤにおられたとき、あなたがたにお話しになったことを思い出しなさい。
すなわち、人の子は必ず罪人らの手に渡され、十字架につけられ、そして三日目によみがえる、と仰せられたではないか」。
そこで女たちはその言葉を思い出し、
墓から帰って、これらいっさいのことを、十一弟子や、その他みんなの人に報告した。
この女たちというのは、マグダラのマリヤ、ヨハンナ、およびヤコブの母マリヤであった。彼女たちと一緒にいたほかの女たちも、このことを使徒たちに話した。
ところが、使徒たちには、それが愚かな話のように思われて、それを信じなかった。
〔ペテロは立って墓へ走って行き、かがんで中を見ると、亜麻布だけがそこにあったので、事の次第を不思議に思いながら帰って行った。〕
さて、一週の初めの日に、朝早くまだ暗いうちに、マグダラのマリヤが墓に行くと、墓から石がとりのけてあるのを見た。
そこで走って、シモン・ペテロとイエスが愛しておられた、もうひとりの弟子のところへ行って、彼らに言った、「だれかが、主を墓から取り去りました。どこへ置いたのか、わかりません」。
そこでペテロともうひとりの弟子は出かけて、墓へむかって行った。
ふたりは一緒に走り出したが、そのもうひとりの弟子の方が、ペテロよりも早く走って先に墓に着き、
そして身をかがめてみると、亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、中へははいらなかった。
シモン・ペテロも続いてきて、墓の中にはいった。彼は亜麻布がそこに置いてあるのを見たが、
イエスの頭に巻いてあった布は亜麻布のそばにはなくて、はなれた別の場所にくるめてあった。
すると、先に墓に着いたもうひとりの弟子もはいってきて、これを見て信じた。
しかし、彼らは死人のうちからイエスがよみがえるべきことをしるした聖句を、まだ悟っていなかった。
それから、ふたりの弟子たちは自分の家に帰って行った。
しかし、マリヤは墓の外に立って泣いていた。そして泣きながら、身をかがめて墓の中をのぞくと、
白い衣を着たふたりの御使が、イエスの死体のおかれていた場所に、ひとりは頭の方に、ひとりは足の方に、すわっているのを見た。
復活がなかったとしたら、イスキリの遺体があったと思うんですが、イエスや十二使徒が運んだのでしょうか。
殺害したローマ帝国やユダヤ議会の耳にも、イエスが復活した事は当然入るわけですが、イスキリの遺体を発見したという描写はどこにも描かれていません。
当然、ローマ帝国やユダヤ人達は、イスキリの墓も調べるでしょう。
イエスは処刑前に、3日後に甦るであろうと宣言しました。
自身が神の化身であると証明する為です。
これを防ぐために、ユダヤ議会は巨大な石の前に衛兵を置いていたのです。
見逃していたら、死罪です。
衛兵達が嘘をつくはずがありません。
イエスや十二使徒が、遺体を運ぶチャンスもなかったでしょう。
そして、この説には疑問が残ります。
12使徒は、イエス・キリストが昇天してから、イエスの教えを広める為に布教の旅に出ます。
12使徒は、壮絶な死を遂げます。
彼等は、イエスによって偽証された「復活」を布教するために、犬死にしたのでしょうか。
12使徒の殺され方
ペテロ(シモン)
➡皇帝ネロの迫害下で逆さ十字架に架けられる
アンデレ
➡ギリシアのアカイア地方にてX字型の十字架で処刑
大ヤコブ(ゼベダイの子)
➡ユダヤ王のヘロデ・アグリッパ1世に剣で殺される
ヨハネ
➡使徒たちの中で唯一殉教していない。エフェソス(現トルコ領)で自然死。
トマス
➡南インドで異教の祭司長に剣で刺される
マタイ
➡エチオピアで背後から剣で刺される。トルコのヘリオポリスで殉教した説も。
熱心党のシモン
➡ペルシアでノコギリで2つに切断される
小ヤコブ(アルファイの子)
➡オストラキネで磔(はりつけ)にされる
イスカリオテのユダ
➡イエスを裏切った後に自殺
ナタナエル(バルトロマイ)
➡生きたまま皮をはがされてはりつけに
タダイ
➡斧によって殺される
フィリポ(ピリポ)
➡逆十字架に架けられて石打ちに
マティア
➡エルサレムでユダヤ人に石打ちにされ首を切られる
凄惨な死ばかりですよね。
ちなみに逆さ十字は悪魔崇拝です。
ここまでの覚悟を持って、当時は辞書も何もない時代なのにも関わらず、世界各地を訪れてイエスの教えを布教しているんです。
イエスの墓が青森にあるとしたら、偽装された復活を十二使徒に知らせて、偽の教義を教えたという事になりますが、律法を守ってもいなければ、ただの犯罪者なのではないでしょうか。
それに、イスキリを身代わりにする必要がどこにあるのでしょうか。
今回は、ニュース記事の内容が本当だとしたらという前提で、考察しますので、僕の推察を書いていきます。
前回の記事で、ご紹介した聖句です。
イエスはもう一度大声で叫んで、ついに息をひきとられた。
すると見よ、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。また地震があり、岩が裂け、
また墓が開け、眠っている多くの聖徒たちの死体が生き返った。
そしてイエスの復活ののち、墓から出てきて、聖なる都にはいり、多くの人に現れた。
百卒長、および彼と一緒にイエスの番をしていた人々は、地震や、いろいろのできごとを見て非常に恐れ、「まことに、この人は神の子であった」と言った。
また、そこには遠くの方から見ている女たちも多くいた。彼らはイエスに仕えて、ガリラヤから従ってきた人たちであった。
その中には、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ、またゼベダイの子たちの母がいた。
夕方になってから、アリマタヤの金持で、ヨセフという名の人がきた。彼もまたイエスの弟子であった。(マタイの福音書27節50~57節)
つまり、聖句によると、イスキリが亡くなってしまった直後に、多くの方々が復活したという事になります。
結論から言いますと、イエスがテクノロジーを駆使して復活させたのだと思います。
そして「イエスはエンキのテクノロジーを証明する為に、イスキリに身代わりを頼んだ」という事ではないでしょうか。
この復活劇が行われるまでに、キリストはラザロや女性を蘇生させました。
あらゆるキリストの奇跡は、宇宙テクノロジーの証明をする為に行われたのだとしたら自然ではないでしょうか。
こちら
ラザロが蘇生されたのが4日後でした。
墓に入ってからの4日後となります。
イエス(イスキリ)も3日後に復活しました。
これも全て、テクノロジーを証明するために行われた計画だとするならば、納得がいくのではないでしょうか。
イスキリは、この計画を知らなかったので、「なぜ、なぜ、兄は見殺しにするのか」と言ってしまったんだと思います。
エンキのテクノロジーは、イエスにしか扱えなかった。
自分が死んでしまうと、テクノロジーを誰も扱えないので証明する事ができない。
そこで、弟のイスキリを身代わりとする事に決めた。
つまり、説得力を増すために弟を身代わりとしたという事ではないでしょうか。
こう考えると、納得できるんですよね。
イエスは「神」ではなく、エンキのテクノロジーと「再臨」をただ伝えることが使命だった「伝道者」という事だったのだと思います。
つまり、エンキの計画を人々に信じさせる為に、イエス・キリストは誕生したという事なのではないでしょうか。
ここまでは、ニュース記事が本当だとしたらという事で、考察しました。
このニュース記事でアライアンスが伝えたかった事は、日本がエデンであり、日本人は古代イスラエル人であったという事なのではないでしょうか。
それに、この山根という女性も偽書である竹内文書に心酔していたとありますし、執筆者は北海道大学の教授ですね。
デクラスではないと個人的に思います。
この記事を根拠に「復活」を否定してきた方もいたので、反論という意味で書いてみました。
そもそもプーチン大統領もイースターに参加していますし、トランプ大統領も聖書を一家に一冊置くべきだと仰っています。
アライアンスが、イエスの復活は嘘だと知っているならば、この様な行動に出るでしょうか。
どちらの説を信じるかは、個人の自由ですが、十二使徒の殺され方といい、これまでの古代イスラエル人のジェノサイド(アウシュビッツ、WW2での日本人が殺害された等)を考慮すると、僕はキリストの墓が青森という説は全く信じられないですね。
この説を信じている人からすると、聖書は改竄されていると言うんですよね。
聖書で最も重要な箇所といえば、イエスが磔刑にされる事、そして復活される事ですので、ここは改竄したくてもできませんよね。
それに、山根キクという方は、「生長の家」の関係者だそうです。
しかも「天皇家」がメシアであると、この記事にはあるんですね。
ダビデ王の系譜が本来の天皇なのかもしれませんが、地球の支配者が「エンリル」だったので、どちらにしても「闇」なのは間違いないでしょう。
そもそも、「天皇家」は明治時代に、田布施朝鮮人から、背乗りされているんですけどね。
それでは、今回はここまで。
ありがとうございました。
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