佐野元春 ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 Part.2
Dear Mr.Songwriter Vol.20
自分のアイデンティティが定まったアルバムなんだ。現代詩とロックンロールを高い次元で融合させた。僕の最初のクリエイティヴなピークと言ってもいい。敢えていえば、「サムディ」や「ガラスのジェネレーション」という初期ヒットよりもむしろ、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』に収録されている一群の曲が佐野元春ポップ•ロックの真髄だと思っている。
Movilist ACTION 2 SUMMER 2015
このアルバムは当初の予定では、収録したい曲が20数曲あり2枚組の構想もあったみたいだね。
レコード会社からは、前作から2年半も空いて2枚組だと価格的に重たくなるという事もあって、いい返事はもらえなかったようです。
ここでプロデューサーのコリン•フェアリーがビートルズのアルバム『サージェント•ペパーズ』と『ホワイト•アルバム』を引き合いにだして、総合的にどちらが優れているかを元春に聞いたそうです。
全13曲 トータルタイムは46分40秒と聴きやすいコンパクトな形になりました。80年代の終わり頃からCDが主流になり、レコードが作られた最後のアルバムです。
後の2015年に『Blood Moon』からまたアナログ•レコードが作られました。
では、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』の収録曲を聴いていこう。まずはA面から、
1.ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 M.88
君には見張り塔からずっと見ていてくれる人が必要だったんだよ
ロンドンでの滞在は10月から冬になる季節。その年のロンドンの冬はとても寒かったそうです。
もう聴いた瞬間に音が解放されているというか、ギアを入れ直して走り始めたように感じる。前作の『Café Bohemia』にあったような堅苦しさここにはない。何かふっきれたような力強さがあると思う。
さてこの曲のタイトルなんだけど、J•D•サリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』を想像しちゃうけど、ここには、ナポレオンフィッシュという魚は出てこない。しかも作っている時点ではどんな魚か見たこともなかったそうである。
そうそう、なんで歩いていこうって歌っているのに、なぜ"グッドナイト"なのかずっと疑問だったんだよね。深い、深すぎる!これが元春ソングライティングの本質の"パイのように何層も重なっている"作り方なんだろうね。
ホーン•セクションとピート•トーマスのドラミングで幕を開ける。ボブ•アンドリュースのピアノがファンキーさを増してる感じ。いいよね。元春が言うところのロックンロール➕スポークン•ワーズの融合。
曲途中の"奇妙なフェスタ(※初回の歌詞カードには奇妙なジェスチャーと記載されているけど誤植ということ)に招待されてる孤独なペリカン〜"のラップ部分の詩は『エーテルのための序章』の"国家よ、感じているか?うまく寄り添えないモノたちが奮い立つまで辛抱強く待てないでいる。聖者が来ない不満を述べたてながらエレクトリック•ギターをかき鳴らしている"の箇所を改変して、誰が聴いても違和感ないようにうまくポップソングに仕上げてあるよね。
この"聖者がこないと不満を告げてるエレクトリック•ギター"の後のギターは元春のプレイ。ピート•タウンゼントが使っているアンプで録音したいという元春の希望だったみたいだね。
2.陽気にいこうぜ M.89
どうやって今ここで君の命を美しく実らせるか?
間髪入れずにスタートするボブ•アンドリュースのローリングするピアノに乗って走り出すロックンロール。こんな曲を聴きたかった。しかも今までありそうでなかった楽曲なのではとも思う。「Looking For A Fight」をパワーアップした感じかも。間奏のダディのサックスソロも素晴らしい。
紡ぎだされるリリックは、"俺はくたばりはしない" という一節。仮タイトルは「BORIS VIAN」ボリス•ヴィアンの詩『ぼくはくたばりたくないJe voudrais pas crever』からインスパイアされた。
"イヤな奴らはそのままでいい"は「月と専制君主」の"夕べ君を 悲しませた 奴らも 好きにさせとけばいいのさ"にも繋がる一貫したラインだろう。
そこには〈十代の頃のようなやみくもな感情ではなく成熟した感情をこめている〉という。
"テロリストもこわくはない"
当時ヨーロッパでは、アイルランド問題をめぐるテロが激化していた。暴力の季節を迎えていた。
そんな中、あえてオプティミズムの大切さをこのフレーズに込めた。
"刹那的"という言葉は元春ソングライティングの中で重要な位置を示しているよね。"命は短い恋をしよう 世界はいつも冷たすぎる 好きなだけ君を打ちのめしている 流れる時を無駄にしないで 髪をとかして服を着替えて 今すぐに ここで"
"髪をとかして服を着替えて"というイメージはまさしくポジティブさの象徴なんだと思う。世界はこんな状況なんだけど、街にでていこう、という楽天性。
かつて「ナイトライフ」で11時までに家に帰らなくちゃいけないあの娘かもしれないね。
3雨の日のバタフライ M.90
Free all political prisners
元春のアルバムのランニング•オーダーは1、2曲目はビートの効いたナンバー、そして3曲目は少しミディアム•テンポになる事が多い。それのお手本のような楽曲。
アコースティック•ギターとエレピの音色がとても美しく響く。ささやくように歌うボーカルに乗って歌われる"いつか新しい日が 訪れる"というラインは「SOMEDAY」と同じように、"いつか"は来るかもしれない、また反対に来ないかもしれないというアンビバレントの感情をより強く感じちゃうな。
"記憶より遥か深い海で 何かを感じてる君"のラインは「ブッダ」においての"言葉より遥か深い河 流れてる"に繋がるものだろう。
4.ボリビア ー野生的で冴えてる連中 M.91
架空の教室 School 架空の労働 Work 架空の死 Death ーこのゲームは楽しくない
静かに始まるパーカッションと怪しげなギターリフのイントロは、マリンバの音にかこまれて 本当に小さな天使(ドラッグ)が歩いてきてるよう。ホーン•セクションと左右に振り分けるギターの音が加わって、そこからためにためて"野生的に冴えてる連中"が登場する。ここで聴けるブリンズリー•シュウォーツのギターはトーキング•ヘッズのようなファンキーなサウンドを醸し出すようにプレイをしているそうだ。
滅びるまで抱きしめあう。小さな天使によって滅びてしまう事にも恐れず誰よりも強く踊っている。
ホルヘ•ルイス•ボルヘス。南米アルゼンチン出身の作家。
"すべてがここで終わるはずないのさ すべてが終わるわけじゃないのさ"
死に対する意識を同じような心情で表現しているのかもしれない。
この時の、ライヴでは、"野生的で冴えてる連中"の後に"家庭的で萎えてる連中"なんて歌ってましたね。
5.おれは最低
愛する者はいつも寛大、愛される者はいつも残酷
いやいやこの曲はかなりショックでしたね。でもその反面、痛快でもありました。
このインタビューは1988年5月号のJAPANだけど、「おれは最低」をハートランドとレコーディングしたのが、1987年の11月なので、この気持ちがこの楽曲にも反映されているのは間違いないと思います。
この時はかなりヘビーな状況だったみたいだね。
これは約一年後の『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』をリリースした1989年6月号のインタビューです。作品がない時とある時の気持ちはやっぱり違うものだよね。
ここの歌の主人公は誰かをスケッチしているのではなく、これは元春自身なんだと思う。一度自分を解放するために必要不可欠な道だったんだと思うな。
ある種の発明だと思うし、より信頼をもたらしてくれた楽曲なのです。
ハートランド•セッションで唯一オリジナルの形で収録されたナンバー。収録するにあたっては、最後まで悩んでいたという。コリン•フェアリーの助言もあって収録されることになった。
この曲においては歌詞の意味を理解しているハートランドの演奏が他の曲と違和感なく存在している。
ちなみにディズニーランドのスペース•マウンテンに乗りながら出てきた曲だそう。
6.ブルーの見解 M.92
オレは君からはみだしている、か?
仮タイトルが"TALK TOO MUCH"という、しゃべりすぎる誰かに対しての怒りの歌なんだろう。
ヴェルヴェット•アンダーグラウンドの「Sweet Jane」を彷彿させるようなスポークン•ワーズのスタイル。そこには言葉の壁をこえて寄り添うようなブリンズリー•シュウォーツのギタープレイがある。
「シェイム」で歌われた静かな怒り。それよりももっとパーソナルな感情があるように感じてしまうのは気のせいではないだろう。
ハートランドからの手紙#43 にヒントがあるのかもしれない。
7.ジュジュ M.93
1986年夏、プールサイドにジュジュはいなかった
ここで言及されている「折り合いがついていない」というのは、ほとんどの人がそうだと思うんだけどね。改めて考えるきっかけになってる。そしてここで共感という言葉が響いてくる。
仮タイトルは「ぼくの神様」ある意味このアルバムのカバーアートとともに象徴的な楽曲なんだろうね。"君がいない"と歌われる。その"君"に関してコメントはあるけど、それぞれの"君"でいいと思うし、特定するものでもないと思う。
ちなみに"ジュジュ"はピート•トーマスのパートナーの愛称なんだそう。
C →Am →Dm →G7という黄金の循環コードにトライしたこの楽曲はボブ•ディランの「I Want You」にインスパイアされているという。
『ヴィジターズ』の作品で聴かれたような"音と言葉に継ぎ目のない連続性"をより感じた曲でもあります。
ロカビリーなギターフレーズと全体的なイメージはプリテンターズの「Don't Get Me Wrong」にも通じているようなポップな仕上がりになってますね。
ここで聴ける軽快な元春のアコースティック•ギターはエルヴィス•コステロから借りたもの。
『GRASS』収録の'00mix versionでは、2分10秒あたりから、フィル•スペクターがプロデュースしているクリスタルズの「Da Doo Ron Ron」のフレーズが聴ける。
これらの事を理解すると、コロナ禍で行われた40周年のライヴの1曲目に演奏されたのも納得がいく選曲だったんだなと思う。
今はここに"君がいない"けれど••••••。
今回はここで終わりです。次回はB面に行きます。
では、また!
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