佐野元春with The Heartland Time Out!
Dear Mr.Songwriter Vol.24
このアルバムを作っていた1990年、バブル経済の恩恵で経済的に豊かだった若者たちの暮らしには、唯物的な価値観が台頭していた。『ナポレオン〜』同様、当時の流行の真逆のことをやれば、自分の作家性が自ずと顕在化してくるはずだという目算もあった。時代に対するアンチ。バカげた気取りではあるけれど、そんな思いもあったね。
佐野元春を成立されるクリエイティブのかけら 第7章
今回は7枚目のオリジナル•アルバムの『TIME OUT!』です。
"ホームアルバム"とも言われていて、自身のバンド"ザ•ハートランド"とともに作成したアルバム。
このアルバムからCDオンリーになり、アナログレコードのリリースはなくなりました。
少し地味な印象もあるけど、どの様な状況下の中で制作されたんだろう。
現代詩とポップの融合と言われた前作『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」チャートは最高位2位を記録したけど年間チャートは59位どまり、セールスの面では"派手に宣伝したわりには期待したほどのメガヒットにならなかった"というのがレコード会社の感触だった。
実際に現場でのスタッフが少なくなり、担当者とも言い争いをして、移籍も考えていたという状況だったという。
そして"ナポレオンフィッシュ•ツアー"が1989年の12月に終わり、年明け早々にサンフランシスコの農場までニール•ヤングに会いに行くことになる。このツアーでステージアートを手がけたニール•ヤングの旧友であるジェイムズ•ジョン•マジオが仲介役を務めた。
そこで会った二人は色々な話しをしたらしいけど、ニール•ヤングの言葉"自分は常に革新してい
るのにメディアがそれを受け付けてくれない"という発言が心に深く刺さったという。ニール•ヤングでさえ苦悩しているのかと。その言葉に勇気を貰い帰国して、ザ•ハートランドとレコーディングを開始。前作と同様コリン•フェアリーも共同プロデュース。ロンドンでミックスしている。
1.僕は大人になった M99
まず連想するのは"つまらない大人にはなりたくない"という「ガラスのジェネレーション」の一節ですよね。おっとそうきたの?って感じ。長年サバイブしてきたニール•ヤングと会った事により、この曲ができたという。象徴的なのは最終ヴァースのフレーズだろうか。 "ずっとさっきから桟橋近く 腰をかけて 過ぎた時のかけら 君は拾い始める 月は空高くて風はないでいる ためいきをつくのはもうやめよう とてもいかしてるぜ"
元春ソングライティングで重要な位置を占める川。ここでの主人公は桟橋近くに腰掛けて佇んでいる。80年代後半から続いている煌びやかな世界と裏腹に少し疲れているよう。でもためいきをつくのはやめようという心意気だけはまだあるぜ、と。そして口笛を吹きながら自分にこう言い聞かせる。"とてもいかしてるぜ"
ここ最近では、大人になったと言ってる時点でまだ子供だよってニュアンスの発言もしていたけれど、どうなんだろう。
ロックンロール音楽の重要なキーワードでもあるグローイング•アップ、成長するってどんな事?それを今まで歌ってきているもにもかかわらず、この1フレーズの呪縛がおそらくずっとあって、現にカフェ•ボヘミア•ミーティングから歌えなくなっているしね。その呪縛が解放されたのがニール•ヤングとの面会。常に革新を続けているアティテュードを目の当たりにし、この「A Big Boy Now」というフレーズが生まれたのだろう。
大人になるっていうのも、"とてもいかしてるぜ"と。
ちなみに1990年に再発された「SOMEDAY」のCDシングルの写真を見た事があると思うけど、その写真の別ショットは元春のフェイバリットでもあるラヴィン•スプーンフルのレコードを抱えている。このレコードの中には「You're A Big Boy Now」というレパートリーがあるんだよね。そのあたりにもインスパイアされたのかなぁなんて妄想も膨らみます。
音作りに関してはあえてのアナログレコーディング、アナログミックスという手法をとる形となる。そこには二つのキーワードがあった。
ひとつは1989年にリリースされたレニー•クラヴィッツの『レット•ラブ•ルール』ゴージャスなマルチ•サウンド全盛の時代、あえての16チャンネルで録音された生身のサウンドに感銘をうけたという。
二つ目は、日本とロンドンで感じた若いエンジニアたちが聴いていたビートルズの『リボルバー』の再評価もそのひとつのきっかけだったという。
『リボルバー』は元春の言うところの"サムワンズ•リビングルーム•サウンド"誰かの居間で聴いているような音"その様な、たとえばヴォーカルが目の前にあって、すぐ手で掴めるような感触を意識したみたいだね。
冒頭に耳に飛び込んでくるのは、シータカ 古田たかしの軽やかなフィルイン。そこからどっしりとしたベースライン、歪んだギターとオルガンの音が広がる。そこから生々しい元春のヴォーカルが入ってくる。この音の感触で今までのサウンドと少し違うなって感じる。
デビュー20周年記念でリリースされた『The 20th Anniversary Ediosion」に収録されているヴァージョンは特別な明記はないが明らかに別ミックスだろう。リバーブの深さ等かなり印象が違いますね。1分38秒あたりの1.2.3の後のYeahはここでしか聴けないテイクになってます。
アルバムリリース後シングルカット。カップリングは「シュガータイム」のライヴ•ヴァージョン。89年のナポレオンフィッシュ•ツアーの模様を収めている。長田進のギターを全面に出しているハードロッキンヴァージョンになってます。
2.クエスチョンズ M100
この楽曲もシンプルな4ピース編成、ドラム、ベース、ギター、キーボードの生の演奏が聴ける。
ここにいるのは、"だまされはしない"と吐き捨てた少年だろうか。小さな大事なSOSを発信して"Question You!" それが知りたいと願う少年の歌。
そして最終ヴァースで 大人に負けない"哲学" "学習" を武器に"革命"を試みる。
3.君を待っている M101
以前から存在していたピアノ•バラード。久々でしたね。この感じ。ピーシーズ•ツアーでも披露していたから、このタイミングでって事でレコーディングしたのかも。こんなに慈悲に満ちていて優しい歌はないんじゃないかな。「風の中の友達」にも通じるテーマを持ってるよね。
この曲に関してミックスは東京で吉野金次が担当。
元春自身のピアノと歌での録音、耳を澄ますと途中ギシギシと椅子の音が聴こえるんだけど、この音もひとつの音楽としてわざと残している。
4.ジャスミンガール M102
ハートランドお得意のフォークロックなギターリフから始まるポップチューン。個人的に大好きな曲ですね。
アルバムリリースに先駆けてシングルリリースされたカップリングは「空よりも高く」フェイドアウトヴァージョン。
大滝詠一の「バチェラー•ガール」山下達郎の「高気圧ガール」など「◯◯ガール」って曲をいつか書いてみたかったみたい。
実際に元春がプールで泳いで自転車にのって帰っている途中に見かけた女性をイメージして書いた楽曲だという。凛としたインディペンデントな雰囲気の女性だったんだろう。
当初の構想ではクレソンガールだった。
この楽曲もThe 20th Anniversary Editionでは別ミックス。2分39秒あたりの間奏ではハーモニカの音が聴こえます。
5.サニーデイ M103
ここにきてやっと東京ビーバップのホーンセクションが登場する。米国のブラスロックバンドのシカゴのホーンアレンジを参考にしたと語っていました。
何かユーモラスな曲だよね。おそらく日曜日の午後から、月が震えてるまで待っている男。かなり待ったよね。
6.夏の地球 M104
当初のタイトルはゴルバチョフの曲を書きたくて「グラスノスチ」だったという。ゴルバチョフの立場に立って世界を見るという事の想像、それが「夏の地球」になっていった。
とてもダークな夏の夜を感じる楽曲。そうキー•コードがマイナーなんだよね。今まで意識的に避けてきたマイナー•コードの楽曲を発表したというのは実は、ちょっとした事件なんじゃないかな。
ここでは泳ぎ疲れた男、そして痛みを抱えたまま眠る男、僕と君とのアンビバレントな感情。
余韻がいつまでも残る。
7.ビッグタイム M105
ビッグタイムというと、トム•ウェイツが1988年にリリースしたライブアルバムのタイトルを連想しちゃいます。
長田進のギターリフに引っ張られて、途中のギターソロのフレーズもイキイキと弾んでいる感じ。
リリックに関してはI'm gonna make it!と宣言しているんだけど、何か心は闇にもつれている感情は否めないと感じてしまいます。
8.彼女が自由に踊るとき M106
印象としてはサイケデリックな踊り出したくなる様な楽曲。
ここでの観察者としての視点は"彼女が自由に踊るとき"は世界も輝いてみえるという事。そんな刹那的な思いを胸にその手をさしのべている。
9.恋する男 M107
ここでの主人公も恋した女性をそっと見守っているような男性。
ここで聴ける印象的なフレーズ "あぁ いつか夢見たことが どんなに馬鹿げていても だいじょうぶさ" という少しほろ苦い過去を肯定する態度。
そして"君はサンシャイン"と言い切る潔さがこの優しいメロディの中に隠れているように感じます。
10.ガンボ M108
何か切羽詰まっていたんだろうな、という感じです。
11.空よりも高く M109
このアルバムを一番象徴している楽曲だと思う。
80年にストリートに戻ってきた主人公も雨が降りそうな曇天の中"家に帰ろう"と帰路を急いでいる。それはひとつの時代の終焉でもあったのかと。
そこには、ロンドン滞在時にたまたまラジオから流れてきたイギー•ポップの楽曲「Home」もヒントになったという。
そしてここでの主人公は家にたどり着いたのかたどり着かないのか、わからないようにバンドに指示を出したという。それが同じフレーズを何度も繰り返している演奏につながっている。
1998年にリリースされたトリビュート盤『BORDER』ではコヨーテバンドのギタリストでもある深沼元昭率いるプレイグスがカバー。とてもカッコいい仕上がりになっています。
ホーム•プラネット-地球こそ私の家 M110
エピックのレーベルメイト渡辺美里とのデュエット曲。"TBS宇宙プロジェクト"のテーマソングとして依頼を受けて作成した楽曲。
レコーディングはアルバム『TIME OUT!』の制作を中断して行われた。
宇宙飛行士が見た地球というテーマがあったという。
エルトン•ジョンの「ロケットマン」やディヴィッド•ボウイの「スターマン」など宇宙に関しての楽曲を作りたかったみたいだね。
ピーター•ゲイブエルの「In Your Eyes」を彷彿するアフリカやインドのパーカッションを多様するワールド•ミュージックを意識して作られたリズムパターンは曲の終わりまでずっと鳴っている作りになってます。
でもこの楽曲は目立った宣伝もなくひっそりとリリースされている。そこには当時の日本のレコード•メイカーの構造の問題があったという。
今回はここで終わりです。最後まで読んでくれてありがとうございます。
ではまた!