佐野元春 ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 Part.3
Dear Mr.Songwriter Vol.21
このアルバムはある意味、僕と同じジェネレーションの人達にささげたい。また、聴いてもらいたのは、小学校6年生、中学1、2、3年生、僕の下の下のジェネレーションの人達に、このアルバムを借りるなり買って聴いてもらいたい。
世界にはがっかりするようなことがとても多いけれども、決して泣いたり絶望しないでくれと、このアルバムを通して彼らに言いたい。
いつかテレビの子供番組で、このアルバムの中の"新しい航海"という曲をうたいたいんです。
ROCKIN'ON JAPAN 1989 vol.25
このアルバムはロンドンのエア•スタジオとオリンピック•スタジオでレコーディングされています。エアスタジオは、ビートルズのプロデューサーだったジョージ•マーティンが経営するスタジオ。元春のビートルズ好きを知ったコリン•フェアリーの選択によるものだったみたい。
オリンピック•スタジオでは、ポール•マッカートニーやティアーズ•フォー•フィアーズもレコーディングをしていたらしいね。
その時にポールに会って、日本語の押忍!って言葉を教えたら、会う度に押忍!って言ってたそう。
それから、「ダディと明に参加してほしい」という事で急遽呼び出しがかかって二人はロンドンに向かったそうです。
では、今回はB面を聴いていこう!
8.約束の橋 M.94
「約束」はもっとも崇高な水晶である
はじめに告白しておこう。80年代の曲に限定して言えば、この「約束の橋」が一番好きな曲なのである。もう少し言うなら、このアルバムのカウントが入っているヴァージョンが好きなんです。
やっぱり"今までの君はまちがいじゃない"という過去を肯定してくれるラインだよね。これは僕たちに言ってくれてるのはもちろんそうなんだけど、元春自身にも言っているよね。きっと、そうだと思ってる。
元春ソングライティングの肝ともいえるメタファーである川、もしくは河。
「ロックンロール•ナイト」では向こう岸に"今夜こそたどりつきたい"と叫んだ。「ニューエイジ」では"君と今夜は闇をくぐって小舟をこぎだしたい"と願った。そしてやっとここで、"君のためなら七色の橋をつくり河を渡ろう"って約束してくれたんだよ。しかも七色の橋をつくってね。
"やっと僕のハード•タイムスが終わった"という言葉もあるけど、何かが吹っ切れたんだと思う。
9.愛のシステム
社会よりも個人を、永遠よりも瞬間を
制服という『システム』も繰り返しうちに好きになってしまうという皮肉。
『愛はフラスコの中』は試験管ベイビーによるいきすぎた科学に対するおそれ。
そのようなテーマが混在している中で機能するロックンロールってあったかな?いや、ないよね。
1991年に行われたアンプラグド•ライヴ "Good bye Cruel World"で演奏された時は、"君"を"アメリカ"に変えて歌っていました。
ハートランド•セッションと比較すると、スピードを増してパワーアップされているのがよくわかる。
ブリンズリー•シュウォーツのギターリフに先導されて、このアルバムではこの曲だけ参加しているブルース•トーマスのベースラインもカッコいい。ドラムスはピート•トーマスだから、リズム編成はアトラクションズなんだけどね。そこに耳の残る印象的な西本明のプレイとダディ柴田のサックスブロウが入ってきたら、もう最高なグラム•ロックになってる。
10.雪 -あぁ世界は美しい M.95
今あるこの世界で、
それぞれの君は皇帝であり、王である。
(「バドラヤナ仏教」より)
手塚治虫さんはこのロンドン•レコーディングが終了した’89年の2月に逝去。もしアニメーション化されるならば音楽を担当したいと願っていたが、その夢は叶わなかった。
タイトル•トラックの"ナポレオンフィッシュと泳ぐ日"の仮タイトルもThe World Is Beautiful"でした。
こんな折り合いがつかない世界だけれど、それでも世界は美しいんだよって言い切る態度。それは後の「La Vita é Bella」にも繋がってゆく永遠のテーマなんだろう。
ソングライティングについて、リリックの面では「Love」演奏の面では「Isolation」この2曲にジョン•レノンの影が見えてくる。
この曲は当初ロンドンのミュージシャンとレコーディングしようとしたけど、どうしてもこの曲が持つ繊細な表現ができずに、一度日本に帰ってザ•ハートランドとレコーディングしています。
やはりこの選択は正解で、オリエンタルなムードの演奏はハートランドでしか出せない音の世界だと思う。
11.新しい航海
本当に眠くなる人には無キズのままの人間にもどれるチャンスがある
(J.D.サリンジャー「エズミに捧ぐ」より)
生活と制作の場がユニバーサルになったからこそ見えてくるもの。それがアウトサイダーから見た日本だったというのは、必然であったのだろう。
"ガラスのジェネレーション さよならレヴォリューション" と歌って70年代に訣別した。
そして"今までの夢は幻 悲しげに生きるより 眠りたい眠りたい"と80年代に訣別する。
激動の80年代を駆け抜けてきたからこそ出てきた、この眠りたいという言葉は冒頭曲の「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」の"Good Night"とは少しニュアンスは違うのかもしれないけど、基本的には同じ意味を持つものではないかなと思う。
今考えると、それは次のアルバムへの布石でもあったのかもしれない。
ハートランド•セッションの時にはなかったリリック。
"ガレキの中で 荒地の中で 君が見えてくる"
「ロックンロール•ナイト」で瓦礫の中で見つけたもの。それが君に変わっていても同じ大切なものなんだろう。
"荒地"という言葉も元春ソングライティングの上で重要なテーマになっていく。
元春自身はこのアルバム•テイクはあまり納得していなく、1992年にリリースされた『No Damage Ⅱ』でのハートランドと再録したヴァージョンがお気に入りらしくその後のコンピレーション盤でもこのテイクが収録されています。
12.シティチャイルド
認識においては悲観主義に、意思においては楽観主義に アントニオ•グラムシ
この主人公は違うと言われると思うけど、子供の頃の元春自身を書いた曲なんだろう。
言葉では大人に勝てなかった子供の頃、対抗する為に学校の図書室の本を一通り読んで知識を得て"だまされはしない"と宣言した男の子。
地下で潜水生活をして孤独を気取って"気づかれはしない"と吐き捨てた男の子。
ハートランド•セッションと比べると随分とスピーディにシャープな仕上がりになってる。
トニー•ヴィスコンティがプロデュースしたT.REXのような華麗なストリングスを入れたかったみたいだけど、プロデューサーのコリン•フェアリーはロックンロールとストリングスは70年代テイストの価値観である。ロックンロールは生の感じがいいという判断で頑なに拒んだそう。結局は少しストリングスを入れたようだけど、中途半端な出来になりあまり納得はしてない感じだね。
13.ふたりの理由 M.96
新しい生活の建て直しに向けて
オレンジ色の袈裟を着た男が白い布を纏った女性と向き合っているタロットカードにヒントを得てそれを究極の愛、『ソウルメイツ』という言葉に置き換えた。
ソウルメイツと歌っている箇所はドゥワップ風に仕上げてある。
結婚の歌を、書きたかった。それをソウルメイトとしてストーリーを紡いでいく。
ソウルメイト、聞き馴染みのない言葉だけれども、当時の元春自身の状況を顧みると、見張り塔で見てくれる人と同様に探して求めていたものなのだろう。それは国境や性別を越えて背中を押してくれる何か。
元春のソングライティングにおいて、このスポークン•ワーズの楽曲が他のポップ•ソングと同等に特別感はなく、その後の楽曲にも反映されることになっていきます。
2009年にリリースされた小坂忠のアルバム『Connected』に「ふたりの理由、その後」というタイトルで歌詞に手を加えてリリースされている。
その後元春自身2018年に『自由の岸辺』でセルフカバーという形でリリースされました。
アルバム未収録作品
愛することってむずかしい M.97
3曲入りのCDシングル「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」のカップリングとしてリリース。
バディ•ホリーの「It's So Easy」のアンサーソングなんて言われてますね。「ブルーの見解」と同様に誰かに向けた攻撃的な楽曲。
枚挙に暇がない M.98
2008年の『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 限定編集版』に未発表曲として収録される。
「愛することってむずかしい」同時期にレコーディングされた。リリックはヘビーだけど、スカのビートと"マイキョ!"っていうフレーズが楽しい。
元春が言うところの真のオリジナル•アルバム。まさにそのようなアルバムになったと思っています。
当時18歳多感だった自分も『カフェ•ボヘミア』から待ちに待ったので回数でいえば一番よく聴いたアルバムです。
この時のナポレオンフィッシュ•ツアーも初日の戸田市民会館、八王子市民会館、中野サンプラザ、横浜スタジアムと参加しました。今、映像で見返してみると、ボーカルスタイルもかなり過激で演奏もパンクなツアーだったんだなって思いました。
これで長くなりましたが、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』は終わりになります。
ではまた!
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