
telecasterの外の夢(5)
今更意味が分かるなんて、そんなことは本当に辞めて欲しかった。いつだって僕は遅れている。止めることも遅れているし、怒ることも時期を外している。学校を休んだ日の翌日、授業内容は知っているくせに、理解ができなくなるように、僕はいつだってタイミングを逃すし、遅すぎるのだ。
拓は何日も部屋に帰ってこなかった。僕も理沙も大量のLineを飛ばしたが、拓はずっと既読スルーだった。
直人さん、拓がいないの。店も知らない間に辞めてるし、他のメンバーもなんにも知らない。拓、どこに行っちゃったんだろう?何か聞いてない?
聞くべきだった。その時聞くべき人間は僕以外にいなかった。なのに僕はそれをすべて逃した。残ったのは、拓の『普通』という言葉とテレキャスターの話だけだった。手がかりにもなんにもならない。ただ、唯一拓が、僕を無視してはいない。それだけは分かった。ならなんで僕は、拓を分かろうともしなかったのか。
僕はその、テレキャスターという単語と、普通、という話を一応、理沙に伝えた。なんと言ったらいいか、分からないのか、こちらも既読スルーだった。
それから僕はつまらない日常を過ごした。実際前から書けていなかったけど、小説を書くことも、ページを開くことすらなくなった。その代わり、どうしても書けない、書くことが思い浮かばない事を、言葉だけ言い換えてツイートを繰り返した。結局、理想があってもやってすらいないから、言い訳ですらなかった。
毎日、同じ時間にバイトをして、夜中に帰って、弁当を食べて寝た。もう少しバイトの時間を伸ばしてすら良いと思っていた。楽しい事って、なんだったっけ?そんなツイートもした。反応はない。そんなの当たり前だ。多分そんなツイートよりも、この弁当を作ることの方が、よっぽど社会に貢献している。
半月後、理沙が部屋を訪ねて来た。陽が強く照る、昼の12時の話だ。二人して、ダラダラに汗をかいて、まるで僕らはこの時間に生きる事を許されていないような、そんな快晴の日だった。
直人さん。昨日、拓と会った。
あいつ、どうだった?何か言ってたか?
うん、拓変わってた。髪の毛真っ黒で、ぴっちりショートにして、ピアスもシルバーもつけてなかった。服装だけ相変わらずなのが、変だけど。それでね、二人で朝からディズニー行って夜まで遊んだ。何で?そう思ったよ。拓からディズニー行こうなんて、初めて言われたしね。それでね、最後に言われたのが、こういう普通の事がしたかった。だから今、ちょっと別れるのが辛いな。って。
別れたのか?
拓、言ってた。就職するんだって。人材系の会社だって。最初は営業、だからバイトもバンドも辞めるって。まっさらな状態でやりたいから、別れよう、って。拓の事は好きだし、嫌だった。そういう決断をしたんなら、私も一緒に行きたかった。でもその日の拓は違った。私といる時間を噛み締めてた。ちゃんと気を遣ってくれた、だけどこれは今日が最後だからだと分かれば、全部つじつまが合った。そんな拓に、ごねることなんて、出来なかった。
なんだよ。あいつ。
僕は言葉が継げなかった。拓の考えていた事も、この前言ったその一言も、全部この為にあった。僕らはそれぞれ誤解し、そのまま進んで今、壊れた。何もかもが足りなかった。理解する努力も、ニュアンスなんかで誤魔化す事なく、はっきり自分の気持ちを吐き出す勇気が欠けていた。本当に、それをすべきだった。
直人さんの事も、話したよ。そしたら、直人は友達だから、いつかまた遊びに行くよ。その時にさ、驚かせてやる。俺今、こんな真っ当に生きてるんだぜ、って。
ねぇ、直人さん。今から買いに行かない。私も少しお金出すからさ、いつ拓が戻ってきてもいいように、テレキャスター、ここに置いておかない?
理沙は、きっと僕よりも辛かったはずだ。
でも僕も、その時同じぐらい苦しかった。二人だけしかいないが、僕と理沙の考えは一致していた。
*
日が落ちるのが早くなって、工事中だったビルは外壁の防塵ネットが外された。つまり時間は進んだ。
理沙はアルバイトしていた店を辞め、音楽もアイドルも辞めた。青山のちょっとした路地を入った、小さなアパレルの店で働いている。ちょっとだけ髪を切ったらしい。僕が全く気付かなかったので、理沙はちょっとだけふて腐れた。
理沙は僕たちの部屋の近くに引っ越したらしく、時々また夜に遊びに来る。
僕はちゃんと生活するようにした。松屋の仕事を辞めて、コールセンター一本にして、朝から働いて夕方には帰った。元々家賃の安い部屋だったから、生活を縮小すれば、拓が払っていた家賃の半分がなくても生活は事足りた。
僕は毎日、仕事をして、帰り道にスーパーに寄って買い物をして、洗濯をして、ご飯を作って、たまに掃除もした。時々理沙が遊びに来て、思い出話をして、帰っていった。
拓の現状は未だに理沙に聞いた時から分かっていない。僕が仕事に行っているうちに、荷物は運び出され、鍵とギターケースに入ったテレキャスターだけが残った。
小説は書くのを辞めた。その代わり僕の事をきちんと整理するために、多くの文章を書いて、WEBで公開した。反響なんて全く無かったが、心は安らかだった。
時々僕はテレキャスターを調弦する。アンプに繋ぎもせずに弾く。
そうして僕や理沙は毎日を調弦している。間違った音を出してしまった、僕たちの日々を取り返しながら。
いいなと思ったら応援しよう!
