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寄り添うとか悩みを聞くという行為には麻薬的な側面がある。 相手よりも自分が上位だという優越感に浸ることが可能であり、その優越感は自身が向き合うべき課題からの逃避を誘発しうる。 こうした側面を理解しそれを手放せた人しか、本当の意味で他者に寄り添うことはできないのでは、と思った。
本心から語っている人の言葉と、本心と向き合うことを拒絶している人の言葉。 語られた時には違いがないように感じられても、時間が経って余韻に浸っていると、感じ入るものに無視できないほどに明確な差があることに気付く。 自分の語る言葉は、果たして前者たり得ているのだろうか。
昨日の、朝飯前ライド。ここ最近は朝は曇りがちの日が多かったけれど、この日は晴れ間が見られた。 朝から青空が見れるだけで、気持ちが上がる。とても気持ちの良いライドだった。 差し迫った仕事が多いからこそ、1日の始まりと終わりの時間を丁寧に過ごしたいと思った朝だった。
コスモスが咲くと、目に映る景色に秋ならでは彩りが添えられて、心がちょっと躍る。 でも、春に桜が開いた時のような待ちに待った感じではなく、暑さがひと段落した安心感や夏が過ぎゆく寂しさも入り混じっている。 だから秋桜なのか、、、なんて思いつつ、庭のコスモスを愛でる、休日の午後。
都市部ではまだまだ真夏日や猛暑日が続いているようだが、ここ八ヶ岳南麓では、静かに秋の足音が近づいてきている。 今朝も足元を見たら、栗がいくつも落ちていた。
足の怪我も癒えたので、先月の下旬から自転車を再開した。 やはり夏の早朝ライドは、ものすごく気持ちが良い。帰宅してシャワーで汗を流してからの読書。今日はその後に、家族4人で朝食をとってから、出勤。 自転車に再び乗れるようになって、生活リズム全般が整いつつある。