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DX(デジタルトランスフォーメーション)を阻む2つの壁

以前の記事でDX(デジタルトランスフォーメーション)の定義に関する内容を書いた。今回は、DXを推進していく中で、多くの組織がぶつかるであろう壁の存在について考えてみたい。

以前の記事の中で、DXとは顧客接点を起点にして組織のあらゆる思考様式や行動原理をデジタルファーストに組み替えていくパラダイム転換のこと、と定義した。

これは言い換えると、あらゆる企業、あらゆる産業がソフトウェア産業の思考と行動を身に付けるための活動と言い換えても良いと思う。つまり、事業活動の全てをデジタルデータで計測可能にし、高速で指標の改善を繰り返すことで、複利でビジネスを伸ばしていく考え方である。これは日本CTO協会の理事でもある松本勇気さんのnoteでまさに語られていることでもある。

失敗をコントロールしながら、素早く事業を改善し続ける、そのためにソフトウェアと正しく付き合い、事業を科学的に理解する、この状態に至ることこそがDX(デジタルトランスフォーメーション)の目的なのではないかと私は考えている。DXとは技術・組織・文化・事業・経営など全てで取り組む総力戦なのである。

この考え方には僕も大いに同意する。決してDX専門の部署だけが気勢を上げたところで実現できる話ではなく、総力戦である。

ただ、果たして多くの伝統的な企業にとって本当にそんな取り組みが可能なのだろうか。これにも優れたnoteが方向を指し示してくれている。Kaizen Platformの須藤憲司さんのnoteが参考になる。

結論から言うと、「DXは組織に従う」のが現実であり、DXで実施できることは組織の持つ制約の範囲にとどまるということだ。

考えてみればこれは当然のことだ。ソフトウェア企業は現場に権限を持たせ、日々失敗を繰り返しながら高速で改善活動を行う。そうした活動に組織体系も評価体系も最適化されている。

一方で、トラディショナルな日本の大企業の多くはピラミッド構造で権限が階層化されているトップダウンのシステムである。これはDXで目指している姿と極めて相性が悪い。会議のための会議、「必ず俺を通せ」という管理職の存在、不透明な意思決定プロセスなど、組織のいたるところにボトルネックが存在し、クロックサイクルが低下するからだ。

だからDXは組織の保有する能力でその実行可能性が規定されるのであるし、現存の能力以上に可能性を拡げたいのであれば組織やエコシステム全体の変革がセットで必要となる。これにはトップのコミットメントが欠かせず、中長期的な取り組みになる。これがDXが難しい理由となる1つ目の壁である。

なお、補足すると常にピラミッド構造の組織が劣っていてフラット型の組織が優れていると言いたい訳ではない。環境が安定していてプロジェクトが巨大な場合、計画と統制が効くピラミッド型の組織は合理的だ。ただ、現代は変化が激しく、プロジェクト規模が比較的小さくなり、顧客接点を起点にしたクリエイティビティの重要性が増している。そうした場合、フラット型の組織の方が変化に対応しやすく相対的に有利というだけの話だ。(この辺はまた別途note書きたいな)

隠れたもう1つの壁

さて、ここまで書いてきたことは安易なDXブームに警笛を鳴らすたくさんの専門家の人たちも既に書いていることでもある。

しかしながら、トップがコミットをして組織構造の改革に着手したとして、果たして本来の意味でのDXが成し遂げられるかというと、そうはうまくいかない。ここにはもう1つの隠れた壁が存在する。

僕は大企業でも結構長い期間働いたことがあるし、自身で起業もしている。また、いくつかのベンチャーの立ち上げに携わったり役員を兼務したりと、いろんな組織文化を体感してきたのだが、その経験から、人の思考様式や行動様式は、普段慣れ親しんでいるテクノロジーによってある程度規定される、ということに思い至った。

身近な例に置き換えてみよう。他者とコミュニケーションをするときに、電話でのコミュニケーションが中心の人(シニア世代)、メールでのコミュニケーションが中心の人(おじさん世代)、LINEやインスタでのコミュニケーションが中心の人(若者世代)は皆コミュニケーションのスタイルは違ったものになる。

これは年齢というよりその世代が最も長い時間慣れ親しんできたテクノロジー(ツールと言っても良い)に引っ張られるからである。一部の新しいもの好きな人を除けば、次々とツールを取り換えることはしないので、結果的に世代毎に行動様式が固定される。(今のおじさんはインスタでシェアしたりしないし、今の若者は電話なんてしない。※もちろん例外はあります)

ちょっと遠回りになったが、翻って多くの伝統的な大企業において、普段業務で使用するテクノロジーはどうだろう?恐らく未だにメールやExcel、WordなどのOfficeソフトが中心であると思う。

実はこれらのツールは従来よりクライアント・サーバー方式で運用されてきた性質上、仕事のフローが「自分」と「相手」という閉じた関係になり、直列的で個別最適化されやすい。

①社内のサーバーからデータをダウンロード

②Excelで集計してレポートを作成

③会議で報告(紙)

こういう業務フローはどこの企業でも当たり前に行われているのではないかと思うが、この業務をDXしよう、となった場合にありがちなのは紙のレポートを全部デジタルにしよう!といった取り組みや、集計するプロセスをRPAで自動化しよう、という取り組みである。

これらの取り組みは以前の記事で書いたようにDXとは言わない。もちろんやらないよりは遥かにマシなのだが、本質的にやっていることは今までと変わらないから、相変わらず会議のための会議が行われたり、担当者が抜けたら業務がブラックボックス化したりする。RPAで自動化するにしても①→②→③のプロセス自体がチームや担当者によってバラバラだからレバレッジが効かない。

仮にソフトウェア企業であればどうするであろうか。例えば、Google等の提供する分析ツールを用い、データ取得と集計はさっさと標準化&自動化、重要指標はサマリーしてslackに飛ばし、全社員が見られるように対応するかもしれない。(情報は直列的ではなく、ネットワーク的に駆け巡る)そして会議の資料作りに時間を費やすよりもそれら指標の改善のためのA/Bテストにリソースを費やすだろう。そのプロセスや資産も情報共有ツールでストックしていく。

ここでの鍵はオープンに、リアルタイムに、早いコミュニケーションと学びを実現するためにモダンなテクノロジーを活用していくことが組織として当たり前に行われていることである。実はこの状態を「常態」とすることがDXそのものである。

組織の構成員が、メールやExcelといったツールを使用する業務に慣れ親しんだ結果、今の仕事の進め方が当たり前過ぎて、疑えなくなっている状態になると、ソフトウェア企業のパラダイムへの移行がスムーズに進展しない。これがDXを阻むもう1つの大きな壁であり、その壁を作っている要因は恐らくテクノロジーへの無関心である。

木村新司さんのツイートより

ことわっておくと、メールやExcelそのものが悪だと言っているわけではなく、それらに最適化された現状の仕事の進め方に思考と行動がロックされており、新しいテクノロジーで現状を打破する発想が出てこないこと自体がボトルネックとなる、ということだ。(Excelだって使い方次第ではDXに有用なツールになり得る)

この2つ目の壁については恐らく特効薬はないと思う。外部から新しい血を入れたり、ベンチャー企業とプロジェクトを回すことで経験値を積んだり、各自が学んでいくような文化を地道に醸成するしかない。難易度は高い。だからこそ実現できたときにはDXは大きな効果を生む。地道にやるのみである。

まとめ

マッキンゼーが提唱したフレームワークに7Sモデルというものがある。企業戦略を立案する際のコア要素をまとめたものだ。

要素は分解すると7つなのだが、大きく分けるとハードとソフトの2つの要素になる。今回紹介した2つの壁のうち、組織構造に関わる部分(1つ目の壁)はハードに関わるものだ。ハードの要素は目に見えるので、変えようとする意思があれば比較的変革しやすいとされる。

一方で、テクノロジーへの理解や学び続ける意思に関する部分(2つ目の壁)はソフトに関するものだ。これは目で見ることができない。従って、強制的に、短期的に変更することは難しい。実はここがDXのキモなのである。

ーいちばんたいせつなことは、目に見えないー
サン=テグジュペリ 『星の王子様』

地道に足をつけて、全員が当事者意識をもってDXを進めていくことの重要性と難しさを雰囲気だけでもお伝えすることができただろうか。

もちろんこうした壁を乗り越えて成功している事例も存在する。下記の事例のワークマンなどはその辺を相当泥臭くやっている。経営層からしてデータ分析講習を毎年受けなければならず、社員全員がデータ起点で仕事をすることを徹底している。

ワークマンの躍進についてはもう説明するまでもないだろう。売上高・利益は毎年2ケタ成長を続けており、このコロナ下においても成長を続けている。典型的なTransformed Companyである。この事例から学べることは多いと思う。参考にしてみてはいかがだろうか。

最後に、繰り返しになるが、DXは魔法の箱ではないし、なにかツールを入れて終わりの取り組みではない。早くDXという言葉が流行り言葉ではなく、どの会社でも当たり前に、徹底的に取り組まれているようになり、日本全体の生産性が高まっていくことを願っているし、微力ながらそういった取り組みを支援していきたいと思う。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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