自#570「役所に勤めていた時、妥協の勘所を、自分なりにつかみました。これも一種のスキルです。このスキルは、教員になっても、大いに役に立ちました。正義をふりかざす人とは、適度な距離をきちんと置くだけでも、人生を無駄に過ごすエネルギーと時間とを、節約することができます」

         「たかやん自由ノート570」

 今週の最初の授業で、ヨーロッパ中世の「聖職叙任権闘争」を扱います。政治史、経済史、文化史といったジャンル分けをすると、政治史の分野の単元です。政治史は、主要な人物の名前を覚えて、イベントの流れを把握し、原因とその結果を、最後におさらいして終わるみたいな授業に、どうしてもなってしまいます。グレゴリウス7世の結構、ファナティックでコアなのに、気が弱かったり、ハインリヒ4世の大局を見通せない視野の狭さと、その後のしくじりなどに言及していたら、収拾がつかなくなります。政治史は、saku sakuっと終わらせて、取り敢えず、普通に解った気分にさせ、余った時間で、収拾がまったくつかない、アートについて語るというのが、最近の私の授業のスタイルです。エンディング曲と、授業の最後に配るエッセーのようなプリントの両方を、今年度の授業からやめたので(36年間続けて来て、まあここらがちょうどいい区切りだなと判断しました。もう、いつ雇い止めになっても、no problemって感じです)、授業の最後に、アクセントというか、サビのネタといったノリで、アートを紹介しています。無論、その単元に関連したアートです。ですから、もし、何かの都合で(私の都合ではなく学校側の都合)現代史を教えることになったら、苦手な現代アートに取り組むつもりです。そういう外側からの負荷がかからない限り、自ら積極的には、現代アートには向かって行かないだろうと、自己分析しています。
 聖職叙任権闘争というのは、ローマ教皇(というよりクリニュー改革派と言った方が正確ですが)が、この世界の秩序というか、あるべき姿を、熱狂的に追求したイベントです。教会刷新の改革運動です。もっとも問題とされたのは、聖職売買(シモニア)と聖職者妻帯(ニコライティズム)の二つです。叙任権闘争は、前者(シモニア)に絡みで発生した、一種の権力闘争です。
 グレゴリウス7世は、シモニアやニコライティズムの罪を犯した聖職者が実施した、秘蹟(サクラメント)は無効だとまで、断言しました。それまでのローマ教会の歴史の中で(ペテロからカウントすれば千年、レオ1世あたりからでも600年くらい)シモニア、ニコライティズムも、それこそ、掃いて捨てるほど、どっさりあります。ダンテの神曲を読むと、ローマ教皇や枢機卿の中にも、そういう罪を犯して、煉獄や地獄に落ちてしまっている聖職者が沢山います。最後の審判で、その個人の罪を裁きます。それはまあ当然ですが、罪を犯した聖職者が実施した秘蹟が全部、無効だということになったら、キリスト教会がやって来たことの全体が、崩壊の危機にさらされます。そこまで、踏み込んではいけないんです。が、あるべき姿を求めると、どうしても、そこまで、ずぶずぶとのめり込んでしまいます。まさにあるべき世界を、人間が徹底的に追求してしまうと、逆に世界の存在そのものが脅かされるという矛盾に陥ります。これは、やはり、人間が不完全な存在だからだと、推定できます。まさにあるべき姿をperfectに追求できるのは、神だけです。
 ところで、秘蹟というのは、恩寵を授ける行為です。この恩寵を授けるという神聖な役目は、イエスから、使徒ペテロに託されたと言われています。ですから、使徒ペテロの後継者であるローマ教会の聖職者のみが、恩寵を授けることが、できるんです。恩寵は、サクラメント、つまり秘蹟を通して、信者に与えられます。秘蹟は、洗礼、聖体拝領(正餐)、堅信、告解、終油、婚姻、および叙階の七つです。叙階というのは、聖職者としての叙階のことですから、俗人は、叙階を除いた六つの秘蹟で、恩寵を完成させることになります。秘蹟というのは、人が救われるかどうか、神の国に入って行けるかどうかを決定する大イベントです。それが、罪に触れた聖職者によって実施されてしまっているので、全部、チャラだみたいなことになってしまうと、ローマの教会のアイデンティティの根本が揺らぎます。ですから、あの偉大な古代最大の教父であるアウグスチヌスは、そういうリスクを避けるために
「キリスト教会内で行われる秘蹟は、一見したところ聖職者が執り行っているが、本当に秘蹟を執行なさるのは、イエスその人にほかならない。だから、聖職者はその道具なのだ。道具である以上、聖職者が有徳の人であるかどうかは、秘蹟の効果には何ら関係ない」と、あらかじめ予告してありました。グレゴリウス7世の3代後のウルバヌス2世は、この危険な思想(つまりシモニアやニコライティズムに関わった者が実施した秘蹟が無効だということ)を、しれっと引っ込めてしまいました。この世の中には、踏み込んで行ってはいけない領域というものが存在します。踏んではいけない地雷は、当然、避けて通るべきです。
 が、人は、どうしてもあるべき姿を求めがちです。ウルバヌス2世は、十字軍という新たなイベントで、この世の秩序をただそうとしました。十字軍のキャンペーンによって、聖地エルサレムを取り戻し、あわよくば、ギリシア正教の教会もローマ教会の支配下に収めたいと考えたわけです。
 あるべき姿、あるべき秩序を求めることは、ある意味、正しいとは言えます。が、正しさを徹底的に追求すると、偽善に陥り、正しくないものを、徹底的に排除したり、結局の所、独善的になってしまったりといったことになりがちです(というか、非常に高い確率で、独善的になります)。アリストテレスも、お釈迦様も、孔子も、ほどほどの中庸という徳が、一番大切だと、繰り返し、述べていました。中世は、キリスト教の全盛時代ですが、キリスト教の正しさを追求すればするほど、ちみもうりょうが、はびこってしまうということに、多分なります。そう考えないと、中世ヨーロッパで、魔術師や錬金術師が、あれだけもてはやされた理由が、説明できません。
 タロットカードを一番、最初に作ったのは、ヴァロア朝のフランス王ですが(「ベリー公のいとも豪華な時祷暦」とほぼ同じ頃、タロットカードも作れています)これは現存してません。現存しているタロットカードの最初は、ミラノのヴィスコンティ家が作ったタロットカードです。中世の終わりくらいの時期です。タロットカードというのは、ちみもうりょうの集大成です。集大成したくなるくらい、ちみもうりょうは、中世の人には、親しいものだったとも言えます。結局、ローマ教会は、ちみもうりょうが、一度に集まるイベントを認めてしまいました。それが、万聖節です。
 正しさを、ほどほどに追求して、どっかでお互い、上手に折れ合って行く。その折れ合いを保証する仕組みというか装置が、つまりローマが始めたv
eto(拒否権)なんです。折れ合わなければ、拒否権が発動されて、お互い、一歩も前に進めなくなります。私は、役所に勤めていた時、政治や行政は、結局は妥協だなと、身をもって知りました。妥協と言う言葉のニュアンスが悪いので、妥協は、日陰者扱いの言葉だったり、行為だったりしますが、どこかで妥協しなければ、さらに大きな不幸が拡散してしまいます。世界史の教科書にも「1123年のヴォルムス協約で、両者の妥協が成立し、ここに叙任権闘争は終結した」と、ちゃんと記載されています。

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