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自#136|サンセットパーク3(自由note)

 マイルズは、何故、ピラールに惹(ひ)かれるのか、本当の所、自分でも説明できません。客観的に言って、美しいと云うことは全然ないし、さほど可愛いわけでもありません。ただ、一緒にいると彼女がリアルに100パーセント、そこにいると云う実感、安心があります。自分は彼女を絶対に裏切らないし、彼女も自分を裏切らないと、素直に信じられます。そういう揺れ動かない信頼感が、人と人とを結びつけます。マイルズは、自分自身には、ほとんど何も与えず、この7年半の間、生きて来ました。すべてを放棄し、感情のスイッチを切って、怒りを抑え、冷静さを貫き、超然と世を漂うすべを身につけて来ました。そこに、ある日、自分の人生のスイッチを、突然オンにしてくれる女性が、彗星のように現れた訳です。恋愛を100パーセント無条件に信じてないと、こういう現象は起こりません。恋愛を信じられるのは、才能です。ピラールも、恋愛を信じています。が、それは、出会ったのが、sweet sixteenだったからです。二十歳を過ぎても、16歳の時と同じように、信じられるかどうかは判りません。初恋は成就しないと言われていますが、男女の世界は、山あり谷ありで、very sweetなのは、まあ、せいぜい最初の6ヶ月くらいです。

 二人がSEXをしないのは、ピラールが、子供が出来るかもしれないと云う可能性を、何よりも怖れているからです。16、7歳で子供ができてしまったら、将来のキャリアは、一瞬の内に消え去ってしまいます。わずか一瞬(まあ一瞬よりは長いと思いますが)の快楽のために、将来のキャリアを棒に振ることは、聡明なピラールには、絶対に許せません。コンドームを着けていれば、大丈夫だなどと安直には考えてません。ピラールの姉のテレサは、結婚して、ちゃんとコンドームをつけて行為をしていましたが、ピラールが、時々、叔母として面倒を見てあげなきゃいけない、カルロスと云うジュニアが生まれてしまいました。コンドームを着けていても、失敗するケースは、通常考えられているよりも、はるかに多く存在します。

 マイルズは、突然、フロリダを離れることになってしまいました。ピラールの姉のアンジェラスが、二人の交際を認めてないからです。アンジェラスに警察に通報されると、刑務所に入れられてしまいます。そうすると、下手すると、この先、何年も刑務所暮らしをすることになります。一度、入ったらそう簡単には出て来れないし、そういう犯罪人たちの文化世界の住人になってしまいます。ピラールは、18歳になれば、自由に行動できます。警察に通報される前に、マイルズは、フロリダから脱出します。

 取り敢えず、長距離バスに乗って、ニューヨークに向かいます。「真夜中のカウボーイ」に登場するダスティンホフマン扮するラッツォと、ジョンヴォイト扮するジョオが、最後、明るい太陽の降りそそぐ、マイアミ海岸を目指します。長距離バスに乗って、マイアミに向かっているsceneで、ニルソンの「噂の二人」が流れます。忘れられない名場面です。明るい太陽、青い海、白い砂浜に背を向けて、マイルズは、暗くて寒い、本当はまだ帰りたくなかった、ニューヨークに帰って行きます。

 ニューヨークには、父親も義理の母もいます。が、そこに戻るつもりはありません。子供の頃の友人のビングが、ブロンクスの廃屋を不法占拠していて、部屋をshareして、一緒に暮らさないかと、手紙で誘ってくれました。廃屋を不法占拠すると云うのも、法律違反ですが、せいぜい、厳重注意をされるだけで、刑務所に行く心配など、まずありません。ピラールが18歳になるまでの間、我慢して過ごす、牢獄のようなものです。本物の刑務所でなければ、別段、どこで暮らしても、何とかやって行けます。

 マイルズの父と、本当の母親は、離婚しています。今や、離婚など、私の周囲にだって、枚挙にいとまないほど、沢山あります。いつだったか、今から28、9年前に面倒を見た軽音部のある学年の、一番遅く結婚した女の子の二次会パーティに呼ばれて行ったんですが、出席していたその学年の3分の1以上が、すでにバツイチでした。子供を置いて、出てしまっている母親もいます。マイルズの母親も、マイルズを置いて出てしまいました。父親だけでは育てられないので、ある程度、資産があれば、乳母を雇います。日本の場合、ほぼ間違いなく、父親の祖父母が面倒を見ます。私の親友のHも、17歳で子供を産んだ長男の嫁が、子供を置いて出てしまったので、孫の面倒を見ていました。Hの息子は、17歳の高校2年生。相手も高2の同級生。17歳の父と母では、父にも母にもなれません。育てられる筈がないです。

 マイルズの父、モリス・ヘラーは、32歳の時、24歳の舞台女優のメアリー・リー・スワンと結婚しました。リア王のコーディリア姫を演じる彼女を見て、その力強い感動的な演技にひと目惚れした様子です。女に惚れやすく、恋愛を信じていると云う才能&DNAは、父親からマイルズは受け継いだわけです。モリスは、大学院は中退しましたが、大学の学位は二つ持っていて、ニューヨークの中堅出版社のオーナーです。メアリーは、高卒で、本にはほとんど興味はなくて、俳優の仕事がない時は、ウェイトレスをして、食いつないでいます。正直、二人は文化が違います。モリスは息子に
「私は彼女の才能に目を眩まされたんだ。あの難しい微妙な役柄を、あんな風に演じられる人なら、今まで知って来たどの女性より、深い心と幅広い感情を持っているに違いない。そう思ったんだ。だが、誰かであるふりをするのと、実際に誰かであるのとは、決定的に違うことだ」と語ります。この親にして、この子ありと云う気もしますが、衝動的に結婚した二人の結婚生活は、5ヶ月で暗礁に乗り上げます。でも、子はかすがい。子供をつくれば、事態は好転するかと思って、マイルズを産みます。ですが、まだ、母親になりたくなかった、到底、母親にはなれなかったメアリーは、息子と夫を置いて、逃げ出します。簡単に言って、母親はマイルズを望んでなかったんです。これは、私も、父親や母親に望まれて生まれた子供じゃないので、マイルズの気持ちは、痛いほど良く判ります。

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