公#13「MASHの映画を見て、アメリカは戦争中でさえ、エンタメを確保しようとしていて、ちょっと感動しました」
「公共13」
朝日新聞のGLOBEで「アートと老い」と云う特集記事を読みました。「Active ageing」というサブタイトルがついています。「The big chance was, there are now thousands of arts organisations that would do something with older people」という、現在の状況を説明するフレーズも冒頭に記されています。
私は、現在、月に一回、朗読会に参加しています。この朗読会で、私は、かつて一度も読んだことがない、浅田次郎、小泉八雲、筒井康隆、有吉佐和子などの著名な作家の作品に接することができました。書評や読書案内などで推奨されていても、もう、私は自らが興味関心を持っている本しか読みません。が、朗読会では、自己の興味関心などとは、まったく無関係に、見たことも聞いたこともないような作品に出合います。新しいことを知ること、それは間違いなく、自己を啓蒙、啓発してくれると言えます。
去年の夏、私と同世代の女性が、ルシアベルリンの短編のひとつを読みました。その作品に影響されて、日本で発刊されているルシアベルリンの作品は、すべて読み、多少は背景になっていると思われる、アメリカのポップアートの作品も、図書館で借りられるものは、ことごとく全部見ました。
老後は日本の古典の世界に沈静する予定だったのに、これまでの70年近い人生で、ずっとスルーして来た、20世紀の文学やアートの世界でふわふわしながら、2024年の年初を迎えてしまいました。老後なのに、自己の興味関心が、どこに行くのか判らないというのは、まあ、一種のActive ageingと言えるのかもしれません。
GLOBEに、「oiBokkeshi」という岡山の劇団が紹介されています。「oiBokkeshi」は「老い呆け子」の意味だと思います。老いて呆けても、そこらのガキんちょのように、わいわい楽しくやるぜといった風なことを、心がけている劇団だろうと勝手に想像しています。この劇団の看板俳優は、実際にきっとちょっとは呆けているであろう、97歳の「おかじい」こと岡田忠雄さん。おかじいは、元々、演じることが大好きで、若い頃は、今村昌平監督の「黒い雨」にエキストラ出演したこともあるそうです。このおかじいは、何年か前に、脳梗塞で倒れて、劇団の主催者の菅原さんがお見舞いに行くと、「生前葬」をやりたいと申し出たらしいです。無論、芝居の中で、生前葬をやりたいということです。
朝鮮戦争をテーマにした「MASH」という映画があります。かつて総合の授業で見せたことがあります。外科手術の場面は、リアル過ぎて、きつかったと感想を書いたJKもいましたが、概ね、好評でした。まだ戦争の真っ最中なのに、医師たちがふざけて、生前葬ごっこをやります。17、8歳のsensibleかつsensitiveな高校生は、生前葬ごっこのような、ふざけたことをやらないと、戦場では正気を保つことができないという真理を、かなり鋭く見抜きました。17、8歳の高校生には、何とか機会を拵えて、いい映画を見せなきゃいけないと、改めて思ってしまいました。
ところで、おかじいは、リアルで死が迫って来ているんです。リアルで、死が迫っているからこそ、いよいよ死ぬという時に、取り乱したりしたくないと考えて、生前葬の劇をやったんです。この生前葬の劇のあと、おかじいは「なぜかは、ちょっと説明できないんですけれど、死ぬのが怖くなくなった」と、言ってるそうです。
おかじいが言ってること、私は判ります。そもそも、本当に大切なことは、説明できないんです。説明できないんですが、納得して死んで行く人と、or notな方とがいます。それは、死に顔を見れば、一目瞭然です。or notな人は、例外なく、死んでも死にきれないという表情をしています。ちなみに、おかじいは、脳梗塞の後遺症があって、ベッドに寝たまま、この生前葬のパフォーマンスをやりました。ベッドで寝たきりであっても、俳優業は可能だということです。
GLOBEのフロントページに、車輪のついたベッドが、ストリートに置かれていて、そのベッドに患者(?)が横たわっている写真が掲載されています。ベッドの向こう側には古着屋があります。何人かの通行人が、このベッドに寝ている患者を見ています。ベッドに横たわっているのは、ディビッド・スレイターという70歳の演劇人です。取り敢えず、スレイターは、周囲の人たちを観察しています。が、心配して声をかけてくれる人がいれば、何らかのセリフを発します。「そこの箱に入っている写真を取ってくれませんか」という返事が、どうやら定番のセリフのひとつらしいです。で、写真を取り出した人が、写真を見て、何か発言するのかもしれません。そうすると、スレイターは、それに対して、リアクションをします。警察官が来て、職務質問をされたら、今、「Bed」という演劇を進行中なんだと、正直に、伝えるのかもしれません。ベッドに寝たきりの人間が、街に出て、何か新たなロマンに出会うかもしれない、そういう実験をしている新作劇だと言えます。
この「Bed」の演劇は、ロンドンの街角で実施されています。イギリスの医療費のほとんどは、税金で賄われています。英国政府は、医療費を抑制するために、社会的処方によって、患者をケアしようとしています。薬や医師に頼らず、社会参加を促すことによって、患者の健康状態を、回復、向上させようという試みです。アート、音楽、ダンス、演劇などとコラボして、そういう活動に関わることによって、自己肯定感を高め、精神をリフレッシュして、心身の健康を取り戻そうとするプログラムです。
今から20年近く前に、お年寄りが生き生きと暮らして行くことを目的に、蜷川幸雄さんは、満55歳以上の演劇集団を立ち上げました。蜷川さんは、演出家として、世界の最先端を突っ走っていた方ですが、Active ageingの分野でも、第一人者として、ご活躍されていたんです。「さいたまゴールドシアター」というプロジェクト名でした。蜷川さんはネーミングの理由を聞かれた時
「クレジットカードは、ランクが上がるとゴールドになるだろ? 人間も歳を取ったら一段上がって、人生も輝くべきなんだ」と、仰っていたそうです。
16、7歳の高校生に「オマエら今、Goldなんだぜ」と、ごくたまに言ったりしてましたが、本当は幾つになっても、Stay Goldであるべきです。