自#「賞を狙おうとすると、大切なものを見失いますし、賞が獲れないと、モチベーションが下がります。上はオリンピックであれ、下は高校生バンドの大会であれ、賞に関しては、矛盾した、なかなか難しい問題が、そこには存在しています」

「たかやん自由ノート287」

WOWWOWで、ドラマのプロデューサーをされている岡野真紀子さんのインタビュー記事を読みました。去年の5月、「2020年五月の恋」と云う一回15分もののドラマを、4夜連続で、ネット配信して、話題になりましたが、そのドラマのプロデューサーです。緊急事態宣言が出て、世の中がわさわさしている時に、3時間スペシャルドラマなどをプレゼンしても、視聴者は見てくれません。三密を徹底的に避けなければいけない時期だったので、長編ドラマは、物理的に制作不可能でした。15分の短いしゃくのドラマを手早く制作し、ネット配信する、そのspeed感が、時代にニーズに合っていたんだろうと推定できます。

 私は、昨年、一時期、You Tubeの収録をして、配信していました。一回だけ、自分が撮った画像を見返したことがあります。冗長、散漫、だだすべりでした。6分くらいでしたが、はてしなく長く感じました。スピーチは3分以内にまとめて下さいと、マニュアル本には書いてありますが、充実したコンテンツを、3分以内に収める力量のない人間のgdgdの喋りを、5分も6分も聞かされたら、やっぱり退屈だし、苦痛です。惰性で収録していたんですが、動画を人にお見せするのであれば、しっかりとしたコンセプト、緻密な展開プランを描いた設計図がやはり必要です。文章の方は、長年、書いて来たので、ある程度、自信がありますが、You Tubeは、何となくの勢いで始めたので、取り敢えず、中止しました。再開するなら、きちんと設計図を作って、収録します。

 15分間であっても、集中して見てもらうためには、設計図、工夫、仕掛けが必要です。テレビドラマを、倍速で見ている方は、沢山いると思いますが、ドラマの中身が薄いので、ついつい倍速で見てしまうんだろうと想像しています。ごくたまに(1年に一回くらい)女房につきあって、刑事物ドラマなどを見たりしますが、見たあと、ほぼ100パーセント、がっかりしてしまいます。これだったら、ツタヤでアニメを借りて来て見た方が、良かったなと。すぐれたアニメの制作のために要求される労働量と、テレビドラマのそれとを比較したら、圧倒的にアニメの方が、労働集約的な手間ヒマをかけた仕事です。テレビドラマは、実写の俳優さんが持ってる力量とか、付加価値に負っている部分が、多いと想像しています。

 地上波のテレビドラマですと、スポンサーの意向と云うものもあります。プロデューサーや監督は、当然、スポンサーの意向を、忖度しなければいけません。殺し方ひとつを取ってみても、製薬会社がスポンサーでしたら、毒薬を使った毒殺などは絶対にNGです。自動車メーカーの場合、交通事故死はあり得ません。鉄道系がスポンサーだと、人身事故は使えません。毎日、毎日、日常茶飯事のように起こっている人身事故とかを、使えないと、不便です。結局、崖とか吊り橋とかから投身して、どちらのスポンサー様にも、ご迷惑をかけない、死に方を追求することになります。

 岡野さんは、吊り橋から谷底に投げ込んで、殺すしかないと腹を括って、鬼怒川温泉の近くの吊り橋から、マネキンを何度も川に投げつけて、bestの映像を撮ろうとします。そうすると、警察がやって来て、職務質問を受けることになります。いくらドラマの撮影でも、そう何回、何回も、殺人のシュミレーションを観光地の吊り橋でやられてしまうと、地元の住民も不安になります(いたいけない子供だと、本当の殺人だと思ってしまいます)。観光地のイメージにも傷がつきます。が、いい絵を撮るためには、マネキンを50回、100回と投げつけて、試行錯誤をすることも必要です。どこで、どう折れ合うのかを、最終的に決定するのは、監督やディレクターではなく、プロデューサーです。プロデューサーは、つまりケツ持ちなんです。最終的な責任は、すべてプロデューサーが引き受ける必要があります。どんなに無能であっても、ドラマや映画の制作には、プロデューサーが必要です。最後の最後に責任を背負う立場の人間が存在しないと、組織は組織として成立しません。コレがまあ、無能な上司が、そこら中にどっさりいる、大きな理由のひとつです。

 岡野さんは、決して、無能なプロデューサーではありません。全体をきっちり統括している、ゆたかな才能に恵まれたプロデューサーです。現在、30代の後半の年齢です。この業界では、若手だと言えます。30代では、正直、まだ経験不足です。経験不足の若手が、台頭するためには才能と努力が必要です。岡野さんには、全体をテンポ良く動かして行ける才能があります。リズム感と特殊なカリスマがミックスされて、それが全体の士気を高め、組織をテンポ良く動かして行きます。岡野さんと一緒に仕事をしたCMクリエーターの森ガキさんは「スピード感、レスポンスの良さ、全体を回すバランス感覚。テレビ、CM業界全体を見渡しても、あれだけ仕事ができる人はいません。正直、プロデューサーの中で一番、優秀じゃないでしょうか」と絶賛しています。

 才能があっても、努力が伴わないと、いい仕事はできません。当然、努力もしています。関係者とのきめ細かいコミュニケーションを欠かさない岡野さんは、毎年、手書きのメッセージを添えた年賀状を1200枚出しているそうです。これが、どれだけすごいことなのか、年賀状を出したりしない今の若い人には、理解できないだろうと推定しています。私は、一番、多い時で、200枚の年賀状を出していました(今は120枚くらい)。200枚の年賀状の宛名を書き、ひとことメッセージを添えるだけでも、大変な作業です。元旦と1月2日の2日間かけて、年賀状を書いていました。私が1200枚書くとなると、12日間、かかります。天性のリズム感をお持ちの岡野さんは、はるかに要領良く、おやりになると思いますが、それでも最低三日間はかかります。三日間も、年賀状に没頭できるのは、おしん時代の人の根性です。まだ、若手ですが、根性と忍耐力、そして才能を併せ持った優秀な方もいるわけです。まさに、後生おそるべしです。

 岡野さんは、賞を獲ることにもこだわります。映画やドラマの賞は、主観的なものです。賞を獲った作品が、必ずしも優秀だとは言えません。これは、私もバンドの大会で、嫌と云うほど経験しましたから、知り尽くしています。クラシック音楽だって同じです。アートの評価は、結局、個人の主観で決まります。優秀な作品であっても「業界の都合」によって、賞を獲れないこともあります。30代後半ですから、岡野さんは、当然、そのヘンの事情も熟知している筈です。が、それでも賞を目指します。自分にとってと云うよりも、スタッフたちのためにです。賞を獲れば、スタッフたちの励みになります。努力が、賞状やメダルと云う具体的な形になります。賞を獲った岡野さんは、大喜びします。スタッフは、プロデューサーを喜ばせるために、これからも、いい仕事をしなきゃいけないと、モチベーションを高め、さらにより一層の努力をします。

 岡野さんは、プロデューサーとして、360度、目配りしています。スタッフ全員の名前を覚え、現場では深夜に及ばないシフトを組み、食事時間をしっかり取れるように調整し、独りで作品に取り組む脚本家には、まめにメールを入れて様子を知らせ、作品が仕上がったら、会社で上映会を開き、成果を関係者とshareします。まさに、全方向の目配り、全集中の仕事ぶりです。

 現在、38歳。これだけ忙しいと、結婚とか子育てとかは、想定できないのかもしれません。岡野さんが、私の教え子でしたら、「いい人が、いてもいなくても、取り敢えず、結婚しろ」と、プッシュします。結婚をして、子供を持たないと、人生の半分以上が、解りません(これは真実です)。プロデューサーとして、将来、本当にいい仕事をするためには、結婚も、子育ても、多分、必須です。

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