自#137|サンセットパーク4(自由note)
サンセットパークを不法占拠するアイデアを考え出したのは、マイルズの子供の頃からの友人のビング・ネイサンです。ベトナム戦争以後、「アメリカ」として知られる概念は、その役を演じ切ったとビングは、考えています。「アメリカ」は、もはや有効な命題ではないし、ある意味、機能停止に陥って、大衆はバラバラになっていると言えます。そのバラバラになった大衆を、取り敢えず、結合しているのは、おそらく進歩と云う発想への信頼です。ビングは、この信念は間違っていると思っています。過去数十年の技術革新は、生の可能性をより狭め(貧困層にとっては、おそらくそうです)ひたすら利潤を追求する企業の強欲が生んだ使い捨て文化にあって、状況はいっそう荒廃し、いっそう、疎外は広がり、意味はますます失われ、全体を統合する目的は、より希薄になっていると、ビングは判断しています。
「未来とは、もはや失われた大義であり、大切なのは現在だけだ。それは、過去の精神が息づく現在でなければならない」と、結論を出します。この結論によって、彼は携帯電話を避け、コンピューターを避け、デジタルなものをすべて遠ざけます。
私も、携帯電話(スマホ)は、基本、使いません。自宅には、冷房はありません。車も持ってません。今だにネットフリックスに入会してないのは、ネットフリックスが、あまりにも便利すぎるサブスクだからです。映画を観たければ、新宿や立川のシネコンに行く、あるいは早稲田松竹や池袋文芸座Ⅱ、高井戸シアターのようなミニシアターに出向く、過去の映画は、吉祥寺or 三鷹のツタヤに行って、作品を探してレンタルする。ネットフリックスでしたら、検索すれば、即座に観たい映画にヒットする筈です。進歩や未来と云ったテーマは、大きすぎて、そう簡単には語れません。が、便利なものに対しては、別段、そんなに便利じゃなくても、いいだろうと、さらっと言えます。不便だったり、不自由だったり、苦労したりすることが、人生のあるべき姿だろうと、昭和のさほど、まだ世の中が便利ではなかった頃に少年時代を過ごした私は、単純に考えています。
ビングが大切にしているのは、tangibility、つまり手で触れられることです。ビングにとって、一番大切なのは、生のドラムを叩くことです。スティックを使って、スネアやタム、シンバルなどを叩きます。スティックを使わず、手で叩くこともあります。週末に6人組のジャズバンドで、ドラム&パーカッションを叩いています。1920年、1930年の頃のアメリカ映画を観ると、アメリカにはJazzしか音楽はないような気すらします。100年近く経た今、映画の中で、Jazzが聞こえることは、まずめったにありません。Jazzのような、tangibleかつアナログで、特殊のノリとグルーブを必要とするエンタメは、おそらくもう過去の遺物です。ですから、ビングたちは、ごく少数のほとんど身内と云ってもいい観客の前で、時々、演奏しています。物販とかもやっているのかもしれませんが、無論、Jazzでは、食って行けません。
ビングは、片側をコインランドリー、もう一方の側をヴィンテージの古着屋に挟まれた狭い店舗を借りて「壊れた物たちの病院」と云う店を開きます。この地上から、ほとんど消滅した時代に属する物たちの修理を専門に行う店です。
ごくたまに「壊れたワープロの修理をします。インクリボン、感熱紙などの在庫もあります」と案内を書いたチラシが、ポストに入ってたりします。私が住んでいるのは、公団マンションです。住民の90%以上は、お年寄りです。すぐ近くの某スーパーは、他の遠いスーパーよりも、明らかに高い値段で商品を売っています。遠くの安い店(業務用スーパーとかOKとか)に出かけられないお年寄りたちを搾取(さくしゅ)している、ぼったくりスーパーだと言えます。壊れたワープロの修理も、おそらく搾取されるんだろうと推定できます。が、パソコンに移行できず、ずっとワープロを使っているユーザーは、搾取を甘んじて受けざるを得ないと言えます。
ビングが、搾取しているとは、考えぬくいんですが、新しいシンバルを買ったり、高価なパーカッションが欲しかったりする時は、搾取もありかもしれません。搾取する人間がいて、搾取される人間がいる、これが資本主義の基本の構造です。
ビングが修理しているのは手動タイプライター、万年筆、機械式腕時計、真空管ラジオ、レコードプレーヤー、ゼンマイ式玩具、ガムボール自動販売機、ダイヤル式電話機・・・等々です。修理以外では、絵や写真の額装も手がけていて、収入の大部分は、この額装から得ています。
ビングはレトロなアナログ人間ですが、子供の頃から、レトロ志向だったわけではありません。16歳の時、死海文書に関する写真入りの本を捲(めく)っていたら、羊皮紙の文書と一緒に発掘された物の写真も見つけたそうです。皿などの食器、藁で編んだ籠、鍋、壺、などなど。つまり、現在も普通に使っている日用品です。二千年前のローマ帝国の辺境に住んでいた人も、現在、ニューヨークのブロンクスに住んでいる人も、同じような日用品を使っています。突然の啓示が、ビングにひらめきます。技術革新や新しいテクノロジーが、人間の意識を変えると云った通念は、成立しないと、ビングは結論を出します。どんなにテクノロジーが発達しても、日常生活は、いまも通常の視覚の範囲内で営まれているし、営まれるべきだと、考えるようになります。
ビングは、身長180センチ弱、体重90キロのデブちゃんです。日々の服装は、たるんだブラックジーンズ、黄色いワークブーツ、チェックのランバージャックシャツ、下着もさほど頻繁には取り替えません。これまで、恋愛には、ほとんどと言っていいくらい、絡めずに過ごして来ました。小さい頃から、騒々しい子供で、抑えがたい活力にあふれ、不器用で散漫で攻撃的だったそうです。で、両親が、破壊的衝動に新しいはけ口を与えてあげるために、十二歳の誕生日に、ドラムセットをプレゼントしました。両親の推測・判断は正しく、ドラムを叩くことが、ビングにとって、最大の生き甲斐になりました。
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