「上手」があるから「下手」がある
保育現場で美術の指導をしていると保育者からは上手という言葉がよく聞こえてくる。息子の保育園でも上手ねーいい子ねーという声。
絵が上手って、誰が決める?
オトナ?
誰が何を基準に上手?
その評価のせいでとなりの子はこの子は上手だからと思って上手を目指すとでも思ってるのか?上手と言われた子は上手に描かないと褒められないとぐるぐる描きなんかできなくなる。
そう、上手があるから絵が嫌いになってしまう。自分は下手という言葉が音に出てなくとも他の子に刺さってしまう。
オトナがすべきことは評価ではない。
認めてあげることである。
子どもの絵を見てステキといってあげることだ。この子が始めてクレヨンを持って画用紙にこすりつけた日のことを忘れてはならない。
うまく描けるかなんていうのはどうでもいいことだ。下手だろうが大人になって困ってる人の方が少なかろう。必要な人が絵を描けばいいのだ。
それよりも手の軌跡が残る楽しみ、この子が表現したものや工夫に対して「ステキだね。自分は好きだよ」って認めることの方が重要だ。
自分はそのことに気づいてから上手ということばを使ったことがない。
今からでもこの悪しき習慣をなくしてほしい。日本人の「上手」という言葉に頼る習慣。
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