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信じることに似ている

本当に不確実だ、自然は。巨大隕石が地球に激突するかもしれないし、大地震が起きるかもしれない。もしくは落石にあったり、突然病気になるかもしれない。

この不確実な、何が起こるか分からない自然があまりにも恐ろしすぎるので、何とか正気を保っているために、いろいろと観察をしていると、太陽は沈んでも毎回昇ってくるとか、隕石や地震もそれほどの頻度ではないとか、分かる。

やがてそういう、人間にとって脅威の少ない自然でいてもらうため、儀礼などをして、人間側から自然に働きかけをするようになる。また、その働きかけによって、自然は人間に脅威を与えたり与えなかったりする。この自然と人間の相互作用の中に身を置くことが、宗教的なものを信じるということなのかなと考える。

ふとした時に、暗いあやふやな空間に一人きりなんだと感じることがある。そして、よく考えてみるとなんかそれが真実のように思える。しかし現実には一人でも、よーく観察してみると、僕は先人たちから色んなものを引き継ぎ、自分の血肉としている。また、仕事の仲間や家族や友人と共にここで生活している。自分をそういう風に認識することは、宗教的なものを信じていることと似ているのかなと思う。時々つい忘れてしまうけど、そう感じられると、すっと穏やかな心持になる。空間的にも時間的にも、自分の座標が与えられているような安心感がある。

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