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【詩】通常運転

隅田川を流れるわたしの下着は、三週間前に落としたものだった。水上バスの乗客は素知らぬふりをしているけれど、皆、あれがわたしのものだと知っている。あれを頭から被って、わたしはたしかに殺されたのだった。歯ブラシを咥えたまま。崇高な死であり、崇高な詩だった。頭からパンツを被って踊る姿を知っているのは恋人だけだった。では、わたしを殺したのは恋人なのだろうか?筑波嶺の峰より落つる男女川恋ぞつもりて淵となりぬる。わたしはどこから来たのだろう。わたしの下着は正確な速さで水上バスの後をついてゆく。では、死体はどこへ。地名というものに意味があるのならば、わたしの下着はたしかにそこに存在するべきものだった。しかし死体は無意味だった。わたしは三週間前に死んだときにこう思ったのだ。もっとお気に入りの下着を穿いていればよかったのではないか、と。隅田川を流れる古ぼけたユニクロ。目指せ、革命。目指せ、恒久平和。目指せ、下着姿のダンス。人類よ、頭からパンツを被れ。そして踊れ。歯を磨け。生きることは馬鹿馬鹿しい。だが尊い。わたしの死体は見つからない。残されたのはユニクロの下着だけ。それこそ、わたしが三世永遠に願っていたことであるから。

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