#5 ユリイカ
青白いオーラを放ちながらゆっくりと立ち上がる薨
私だけに見えていると思っていた
なのに通常なら歓声が飛び交いそうな場面のはずが押し黙る観客
きっと会場にいる全ての人間にその青白いオーラが見えていてあまりの威圧感に声が出せないのであろう
そしてそのオーラが一番間近でハッキリと見えているのがイザネだ
ふいにメリケンサックを落としてしまう
両手で髪をファサッと後ろへ
そして高い自身の鼻先を親指でチョンと弾く
流血と前髪で表情がハッキリと窺い知れないがイザネに近づく度に全身から放たれるオーラが大きくなっているかに見え、レスラーとしては細身の薨だがまるで大地を踏みしめる巨人の足音が聞こえてくるようだ
射程圏内に踏み込んだ薨
場内は固唾を呑む
スパーーン!!
という音が鳴り響く
手の甲での裏打ちのビンタ
一歩だが後退りしてしまったイザネ
そして一瞬の間を置き
中空二段蹴りからの足裏で右側頭部、足の甲で左側頭部を往復ビンタのように撃ち抜く
必殺技の一つ「サタニック・ブン・ブン・ヘッド」だ!!
膝から崩れ落ちたイザネ
だがなんとか踏ん張り片膝だけで体を支えている
薨は2歩ほど下がり新たな間合いを取る
その場飛びのジャンプから前方回転し踵で脳天を叩き割る
「ビールス・カプセル」
とうとうイザネはマットに沈み込んだ
だがそれを薨は赦さない
髪の毛を掴み無理矢理立ち上がらせた
意識朦朧なのかイザネはゆらゆらとリング中央で揺れている
しかしそんなことなどお構いなしにボディスラムの体勢に持ち上げる
そしてイザネの脚を4の字にさせその間に自分の腕を通し足が重なる部分をホールド
まるでその形は巨大な十字架のように見える
そしてそのまま垂直落下で叩き落とす
薨、最大のフィニッシュホールド
変形みちのくドライバーII
それがこの「ユリイカ」だ!!
マットに突き刺さった人間自らが墓標に見える
これが「クルエボ・フュネラリオ」と呼ばれる所以だ
場内は何か見てはいけないものを見てしまった感覚に陥る
マットに刺さった墓標がゆっくり崩れ落ちる
そしてその墓標と化したイザネにすかさず覆い被さる薨
「フォール!」
レフェリーも一瞬の戸惑いを見せたが
「ワーン!トゥー!、、、スリー」
カンカンカンカンカン!!
「只今の試合14分59秒、体固めによるフォール勝ち!従いまして勝者、薨ーっ!!」
そのアナウンスが告げられたと同時に薨の入場テーマが会場に響き渡る
レフェリーに腕を上げられながらイザネを見下ろす薨
煽りVのコメント通り足元に転がっているのはイザネの方だった
すぐに駆け上がった人誅團のメンバーたち
だが迂闊にイザネの体に触れられない
「、、っ、うっ、ぅぅう」
イザネの体が動いた
そしてようやくここで会場も安堵
割れんばかりの拍手と歓声が会場中を包み込んだ
リングドクターのチェック後、すぐさま担架に乗せられイザネが退場していく
ラストの凄まじいまでの連続技
特にフィニッシュの通常より急角度の「ユリイカ」を見事なまでに受け切ったことへの称賛の拍手がイザネに贈られた
だが一方で薨も無事なわけではない
申し訳なさそうにしているセコンドの新人からタオルを受け取り自ら頭に巻きギューっと絞り簡易的な止血を施す
チャンピオンベルトの贈呈だ
レフェリーから一旦ベルトを受け取るがすぐにポイっと投げ捨ててしまった
「んんん?一体どうしたんだ??」
場内がざわつく
そして薨が本部席に向かってマイクを要求した
「えええ?!」
HYDRANGEAのリングに上がって以来初めてのことである
そして普段から一切自ら言葉を発しない薨が何かを伝えようとしている
私だけではない
観客いや他の選手やスタッフ陣も驚愕の眼差しで薨を見ている
そしてマイクがリング上に投げ込まれた