#12 元日に誓う



どうもお騒がせしました


「そういや、たまは実家帰ってないってことは正月何すんだ?友達とでも遊ぶのか?」

「いえ、こっちには友達はいませんので」

「あの従姉妹のお姉ちゃんは?」

私の嘘が徐々に自分の首を絞めてるような、、、

「えー、いやー、昨日友達と何かカウントダウンのイベント行くって言ってたんでー、、、もう今日の朝には帰ったんだとー、、、思いますぅ、、、」
しどろもどろ

「そっかぁ私も明日から仕事入ってるしなー」

そうなんです
夢子さんは柔整師の資格を持っていてセカジョ関係の仕事がない時はお知り合いの整骨院で勤務されているのです

「もう明日から仕事始めなんですね?」

「そうそうウチ早いのよ!院長先生がさ地域のご老人を大切にしたいって考えだからさ。まあ明日とかは店番的な感じだろうけどね」

「すごく素敵な理念ですね!」

「まあねー、私も働くのは嫌いじゃないしどうせやる事もないしね。実家もこっちだしさ。丁度いいっちゃいいんだけどね」


夢子さんはセカジョの事務方全般に私たちのコーチに真琉狐さんのマネージメントに整骨院、もちろん自分のトレーニングと本当にいつ休んでいるのだろうか?


この後は他愛のない会話でひとしきり盛り上がる女子会

そして佳境に近づいたところでダメ元のお願いをしてみた

「あのー、ひとつお願いというか何というか聞いてもいいですか?」

おっ!どうした?という顔になる夢子さん

「え!いいよいいよどうぞ!」

「あのー、もし良ければ真琉狐さんの付き人として会場でセコンドとか売店の勉強をしたいのですが、、、」
勇気を振り絞って言ってみた


「あーなるほどね!そうだねー確かにそろそろとは私も思うんだけどね。昔、たまくらいの頃は会場走り回らされたしね。セコンド業務も覚えておくべきだけどねー、、、」
何か葛藤してるような難しい顔になる夢子さん

「後、リングの調整はさせてもらってますがリングの構造はやっぱりまだ全然わかってなくてリング作りとかも見たりやったりしたくて、、、」


「そだねーリング作りとかもねー。説明するより実践するべきなんだよなー」
んーと考え込む


「正直なところで言うとたまの言ってることはよくわかるし私的には賛成だ。でも社長は縦に首は振らないと思う」

「それはなんででしょうか?」

「ひとつはまず他団体さんで覚えるべきことではない!基本的には変わらないとは思うけどやっぱりセカジョにはセカジョのやり方があるし変に他団体のやり方を覚えることに懸念があると思う」

「ハイ」

「後はやっぱり時代だと思う!」

「時代?、、、ですか?」

「そうだね。やっぱり昔に比べると青田刈りをするお客さんが増えたってことかな」

「ハ、ハイ」

「もちろんデビューする前から応援してた選手が人気出たりチャンピオンになったら嬉しいでしょ?好きなアイドルとかバンドとかさ。そう思わない?」

「ハイ、そう思います」

「それはわかるし私だって同じ気持ちだよ。でも練習生の本分は何だと思う?」

「ハイ、一生懸命練習することです!」

「そう!その通り練習をいっぱいして強くなることだよね」

「ハイッ!」

「昔から一部ではあったことなんだけど練習生をさもアイドルかのように扱うお客さんが増えたのも事実だと思う。一緒に写真を撮ったり、サインをねだられたり、今だとSNSでやり取りしたりね。そういうことが続くと自分自身がすごく人気者になったような気がし始めて練習が段々と疎かになってくる。実際そうやって勘違いをして注意しても聞かないで辞めてった人間も少なくないんだよ。だからそういうのを見かねて社長が練習生を他団体参戦時に付き人として連れて行くのは禁止したんだよ。やっぱこっちの目も届きにくくなるしね」

なるほどと言うしかないくらいの正論に感じた
自分がもし今チヤホヤされてしまったら?
流されない自信はあるがパーセンテージが100なのかと言われるとそうだとは言い切れない
きっとほんの些細なキッカケから崩されていってしまう気がする


「確かに社長の言う事も正しいと思うし、たまの勉強したいとか場を感じてみたいって気持ちもすごくわかんのよ!客席で観てるのとはまた違った目線で見ることが出来るからね」

夢子さんは腕を組み「うーん」と唸りながら頭を右へ左へ

「うーん、難しいと思うけど、、、とりあえず一回持ち帰らせてもらっていい?」

そう言ってパンっと手を合わせて
「申し訳ない!」


私は手をバタバタさせながら
「いえ、いえいえ!私の勝手なアレですので」


夢子さんは「フッ」と笑い
「たまのプロレスに対しての本気の気持ちちゃんと伝わったよ」
と自分の胸を軽く叩いた

「え?」

「キチンと言葉で想いを伝えてくれた!ちょっと辿々しかったけどね!後は目だよ、目!世界中の人が昔から言ってる言葉だけどさやっぱ目を見るとわかるもんだよ。たまの目の奥でレスラーの炎が燃えてるよ!まだまだ種火程度だけどね!」
ニコッと笑いかけてくれた

「よしっ!帰るか!」


すごく意義のある一年の初めになった


外に出て
「夢子さんどうもごちそうさまでした!!」
ペコリ

「いいよいいよ!また行こうよ」

「ハイッ!よろしくお願いします!!」
ペコリ

「まあ三ヶ日くらいはゆっくりしなよ」

「ありがとうございます!でも今日、夢子さんとお話させていただいて何かこうやる気が出てきました」
と私はマッスルポーズ

「ですので帰ったら自主練しようと思います!」

「そっか、いいじゃーーん」
と私の肩を肘でグリグリ

でも急に真剣な表情になり
「自主練は大いに結構だが約束してくれ!」

ん?どうしたんだろう?
「ハ、ハイ!」

「必ずウォーミングアップして体を温めてから行うこと!」

「ハイ!」

「基本的に基礎体の反復を中心に行うこと!」

「ハイ!」

「ロープワークの際は必ずロープの調整を行う!」

「ハイ!」

「受け身の練習は前と後ろだけでいい!回転をかけるのや高さのあるようなことはしないこと!応用は基礎を完璧すればこなせるようになる!基礎をしっかり叩き込め!!」

「ハイ!」

「よしっ!必ずこの約束だけは守ってくれ!いいな!」

「ハイッ!」

「後は何か困ったら亀ちゃんに連絡しろ。昨日旦那さんが風邪引いたから家にいるって言ってたからさ」

「ハイ、わかりました!ありがとうございます」
ペコリ


「よしっ!あ、あーそうだ、、、」
リュックのポケットをガサゴソ

「はいっ」
と夢子さんに差し出されたポチ袋

「お年玉!」

「え?」
不意で驚いている私の手を取りそのポチ袋を握らせてくれた


「あ、ありがどぅござぃますぅー」
何か一気にプロレスに出会ってから今までの想いや感情、周りの優しさなんかがごちゃごちゃに入り混じりとうとう泣き出してしまった

「もうー何泣いてんのよー私が泣かせてるみたいじゃーん」
と私の肩を引き寄せ歩道の端へ

「ご、ご、ごべんなさぁぁーい」

「もうー早く泣き止んでーたぁまちゃーん」

「ず、ず、ずびばせーん」

結局、5分近く泣き止まなかった、私
夢子さん本当にすみません

「やっと落ち着いたねーもう大丈夫?」

「ハイ、もう大丈夫です。本当にご迷惑お掛けしました」
ペコリ

「いいよいいよ、じゃあ私は帰るからね!」

「ハイ、改札までお見送りしますぅ」

「大丈夫!本当大丈夫だからね!4日ね!4日練習初めで!」
手のひらを開き制止ポーズの夢子さん

「わ、わかりました」

「じゃあね!気をつけて帰りなよ!」

「夢子さんもお気をつけて!今日はありがとうございました」
ペコリ


そして私はエスカレーターに乗り見えなくなるまで夢子さんの後ろ姿を見送った

泣き散らかしたお陰で何か気持ちがスッキリしたような気がした

今年は夢子さん、真琉狐さんの試合を観たい!
それは同じレスラーとしてセコンドでいや隣で!
そして対角で!!

まずはプロテストを合格すること
絶対にやってやる!!

真っ赤に目を腫らし涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔できっといるであろうプロレスの神様にこの晴れの日、元日に誓おう


「よしっ!歩いて帰ろう!!」

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