#67 RED HOT BLOOD
バズソーキックを喰らった薨はスローモーションの映像を観ているかのようにゆっくりと崩れ落ちた
真琉狐さんは覆い被さり馬乗り状態
「何だよ?お前、惨めだよ、、、あんなにさ、、教えてもらったろ、、なぁ?ボディスラム、、夢子さんに、、夢子さんに教えてもらったろーーっ!!」
バッシーン!!
左頬を平手打ち
薨の瞳はどこを見ているのか?
意識はあるようだが戦意を喪失しているかに見える
「情けねぇツラしてんじゃねーよ!」
次は右頬を
「何とか言えよーっ!!」
そこから左右、左右へと往復ビンタ
薨の顔が真っ赤に
口と鼻から少し血が出始めた
ビンタをしている真琉狐さんの目から汗に紛れて涙が光っている
凄惨な状況
チラッと亀さんの方を見ると横を向き目を伏せていた
夢子さんの方を見る
夢子さんは真っ直ぐな瞳でその光景を見ていた
あっ!!
私は薨からタオルを預かっていた
もう薨の瞳から戦意は全く感じない
だがこのままでは危険だ!
私が
私がタオルを投げるしかないのか?
客席を見渡す
亀さんと同じく目を伏せてる人
薨のファンの中には顔を伏せて泣いてる人もいた
ふと正面の本部席の社長が見えた
社長は顎に手を当て真剣に見ていたが少しニヤッと楽しそうでもあった
社長はもう鬼だよ
この状況が楽しいの?
いや、もう私はどうなってもいい
クビになっても後世までネットで叩かれようとセカジョの人たちにそして薨に恨まれてもいい
誰の目から見ても戦意喪失してる人をこのままにしておけないよ
腹を括った
薨、ごめんね
恨むなら一生恨んでね
私はポケットの中のタオルを握りしめ取り出し振りかぶろうとした
、、、が
その時ふと真琉狐さんと目が合ってしまった
あ
「しまえーっ!!」
初めて真琉狐さんに怒鳴りつけられた
恐ろしくもとても悲しい顔だった
私は条件反射のようにタオルをポケットにしまった
するとその様子を見ていた前の方の席から
「何やってんだよ!もう止めろよ!」
と声が上がる
そしてそれに続くかのように
「そうだそうだ!止めろ!」
「何やってんだよ!」
「訳わかんねーぞっ!」
「プロレスやれよ!」
野次が飛び交い始めた
亀さんは夢子さんの側に行き何か進言している
ジョニーさんも社長や星野さん、夢子さんにアイコンタクトを取る
野次が飛び交う理由もわかる
お客さんは何も知らないのだ
プロレスのアングルとしてこの大会を盛り上げる為に乗り込んで来た薨にふざけるなと真琉狐さんが怒ってこの試合が組まれたと思っている
なのに華麗な技の攻防も無くギクシャクして尚且つ不可解な展開
そしてこんな凄惨な光景
頭の中のクエスチョンがいっぱいになって理解が追いつかないのだ
止まらない野次
とうとう夢子さんが観客に向かって声を上げる
「うるせーよ!!黙って見てろ!嫌なら出てけっ!金なら返してやるよ!試合の権限は私にあるっ!私が続行と言ったら続行なんだ!!」
その声は後楽園ホールの隅々にまで広がる
ドスの効いた迫力ある夢子さんの一声で観客は黙りこくった
でもやっぱ止めないの?
もう薨は無理だよぅ夢子さぁん
張り疲れたのか今度は薨の髪の毛を掴む
薨の綺麗な顔は無惨に腫れ上がっていた
「オイ、テメー!何で?!何で!やり返して来ないんだっ!!これじゃあ、これじゃ終わんねぇーだろーがっ!!」
そう言って薨を睨みつける瞳からもう涙は隠せない
だらんと力が抜けて身を任すかのように髪を掴まれ揺らされる薨
「に、逃げんのか?ア?またあの時みたいに逃げんのか?答えてみやがれっ、カーコッ!!」
真琉狐さんは思いっきり頭を揺らした
!!!!
「、、、げてねぇよ、、、」
え?!
まるで漫画のワンシーンのように奪われていた精気がみるみる蘇り薨の瞳が光だしたかに見えた
そして掴まれない為に編んできただろうブレイズの髪を強引に掴む
「逃げてねぇーよ!だから私はっ!望んでここに帰って来たんだよぉぅーーっ!!」
そのまま頭突きを一閃
ゴチンと嫌な音が響く
すると真琉狐さんの額はパックリと割れ鮮血が吹き出す
そしてそのまま後ろに倒れた
強引に立ち上がらせボディスラムの体勢で担ぎ上げた
「ウワアァァァァーーッ!!」
バッフォーン!
「ウグッ」
今度はマットに綺麗に叩きつけた
「立てーっ!立てっ、真琉狐ぉぅ!!」
「ンヌアァァ!!」
立ち上がる真琉狐さん
そのタイミングで薨の足での往復ビンタ
サタニック・ブン・ブン・ヘッド!!
そこから後ろ回し蹴りのような形でのトラースキックで真琉狐さんをロープへ吹っ飛ばす
だが吹っ飛ばされたのを反動として真琉狐さんは弓矢のようなスピードで薨に低空のスピアをブチかましそのままの勢いでジャックナイフ固め
「フォール!!」
ジョニーさんもマットに飛び込むような形で
「ワーン!トゥー!!」
「ウワッ!」
薨が肩を上げた
一気に試合が動き出したことでさっきまで野次を飛ばしていた観客からも拍手と歓声が飛び交う
真琉狐さんはまたも髪の毛を掴みヘアホイップからの背中へサッカーボールキックが炸裂
そのままロープに飛び込み胸元へキックを狙うが薨が足を引っ掛け真琉狐さんは転倒
そして素早く足を掴みアンクルホールドで足首を締め上げた
薨の徹底した足攻めに真琉狐さんの顔が歪む
そして血で視界も奪われていく
じりじりとロープに近づくがまたセンターに引き戻される
「レフェリー!Ask her!」
それでも真琉狐さんは諦めない
血に塗れた赤鬼のような形相でなんとかロープを手にした
「ブレイクッ!」
ジョニーさんが一旦試合を止める
真琉狐さんは亀さんに渡されたタオルで顔を拭う
真っ白なタオルが真っ赤に染まる
ギュウっとタオルを傷口に押し当て簡易的な止血
派手な流血の割には傷はそれほど大きくは無さそうで血も固まり始めてるようだ
「真琉狐!行けるかっ?」
ジョニーさんは聞く
真琉狐さんは鬱陶しそうにジョニーさんを払いのけ
「当たり前だろ?私らセカジョの人間は血を見てから本番だ。私だって何度もリングで血を流して立ち上がって来てる。一番知ってるはずだよ!」
「、、、わかった」
あ、そうだ
薨だって鼻血を出し口の中も切れている
顔だってさっきのビンタで腫れ上がっているんだ
アイシングとペットボトルを持ってコーナーポストで待機している薨に声をかける
「薨さん、水とアイシングです。今のうちに」
そっと差し出す
すると薨は
「大丈夫ですよ。真奈美は真奈美でセカジョの流儀を体現してる。試合中に水を飲むなんてここのリングの上だけでは私には出来ません。でもタカエさんは真似しないで下さいね。私は古いレスラーなんで」
そう言って薨は目を細め少しだけ笑った
「わかりました」
私は水とアイシングをコーナーにそっと置いた
確かに真琉狐さんも止血だけで水を口にはしてない
きっと今の時点で2人が最後のセカジョの体現者なのかもしれない
いや!私だって!!
そんなことを思っていると真琉狐さんが立ち上がりセコンドアウトになったみたいだ
亀さんと一緒に真琉狐さんの様子を見ていた夢子さんがこっちに近づいてきた
そしてコーナーに上がりパンッと薨の背中を叩いた
「カーコ!、、、負けんじゃねぇぞ!」
目を丸くするあの薨独特のキョトン顔
だがすぐにそれは笑顔に変わる
「ハイッ!」
両国の最後の場面で見せた無邪気な少女の笑顔
薨は私や真琉狐さんとおんなじできっと夢子さんが大好きなんだね
一瞬目を合わせた薨と夢子さん
さっとコーナーを降りた
そして私の肩をポンと叩き持ち場に戻りジョニーさんに目で合図する
薨と真琉狐さんの目を交互に見てその闘志を確かめ
「センター!」
2人にセンターに立つように指示する
薨は鼻を親指で押さえ
「フンッ」
と鼻血を飛ばした